品評の場と闖入者 1
『東面の奴隷はヌ・セイドロ。前回の春季評価額では四千五百万円と六位につけました!』
ラ行
『彼のもっとも得意とするところは言わずもがな、「木工」でしょう。
半裸のヌ・セイドロは自作を誇るように両腕を広げると、もうひとつ、
『続いての北面はイ・ケネメン! 今回から目録に載った注目すべき女性です。ご覧のとおりの
たおやかに笑みを浮かべる黒髪の女は、観衆の視線を集め、焦らすような間を空けたあと、おもむろに持っていた巻物を開き下ろした。拡げられた内面を認めると、北面披露台の下では「おぉ」とどよめきが起こる。
『ご覧ください! 独自に学び、
深々と頭を下げる女奴隷に向け、観客の波は称賛と期待の
厳格さを保ちながらの面持ちで、玉座の男はふぅとか細く息を吐く。
「……どうだ? 『
「……『どうだ』とは、何を答えればいいんだ?」
「感想を訊いている。貴様は初めて見るのだろう?」
問うてきた男に
そして、その「披露台」から少し離れたところ、さらに高い座があり、根元を数人の近衛が固めている。今回からの主催であり、列席するなかでも最高格の帝王、ダイト・ン・ガルボラ・コ・ゼダン。彼のために用意された特等の高座である。彼の側近に
「様々だな」
「『様々』……。その真意は?」
見上げられる視線を感じながらも、少年は「披露台」から目を離さない。
「ヒトの様々をあらためて認識できる。奴隷の身であれば、日々が成果厳守のはず。息つく暇もないだろう。それでも、おのれの長所を見つめ、この場に向けて練達に励んできた。彼ら彼女らはその
「高尚な感想だな」と、皮肉を含め、ゼダンは鼻で笑う。
「だが、貴様ほどにヒトは高尚ではいられまい。観ている者らの目は、台上の奴隷を値踏みするのが大半だ。あの奴隷は値が上がるか、有用か。掘り出し物はないものか……。買い付ける機を探り、目ぼしを付ければあの通り、『売買扱い』に殺到する。持ち金の足りない者は、新しい奴隷のため、手持ちの奴隷を売り
「……」
「
「……珍しいものだな。懐古主義の貴様が、伝統催事に否定的とは」
この半年、
彼に千年を生きる
『中央にご注目ください!』
司会演説の声が張り上がった直後、それさえもかき消すかのような大きな歓声が巻き起こる。高座上の明良も、そしてゼダンも、ひと際大きく目を
台の中央では、歓声を刺し貫くかのごとく、半裸の男が
『屈強な肉体! 鮮やかな槍捌き! 守衛手から奴隷に転身した異例の経歴の持ち主! 「
空を裂くひと突きを放ち、観客の熱狂を一身に浴びるのを堪能した様子のあと、台上のブルドは得物を引いて一礼する。
「あの程度が
誇るように見上げて来た奴隷に薄く微笑み、頷いて返すゼダンは、しかし、目の奥を冷めさせて呟く。傍らの少年にだけ聴こえるほど、小さな声量である。
「千年の間、奴隷の質も下がるばかりだった。特に、武芸に関してはな。その本質ゆえ、命のやりとりが常の世でなければ武芸は磨かれん。魔名術も然りだ。あれならばまだ、仮初めにも死線を経た自らの方が上回ると思わんか、明良?」
「……
「ふん。意気がれ」
「この機に真っ向から来るか。私が見てきた限り、当世で一、二を争う武芸者が……」
明良もまた、ゼダンの視線の先を追う。
大衆のなかでも、ゼダンが注視する的、その男の姿は目立った。
身なり風体はみすぼらしい。薄汚れた衣服に、薄茶色の長髪を後背で無頓着にまとめている。しかし、男はその外見とは裏腹に、離れていても少年が物怖じしてしまうほどの気迫を
「オ・バリ……! 来たか……」
バリ大師は細目を披露台上に据えつつ、人波を掻き分け進んでくる。目を向けてこずとも、彼の注意が高座上のゼダン、そして、自身にも注がれていることは、明良にはひしひしと感じ取れた。
「さて……。
「……さぁな。それに、ヤツに恩はあるが、懇意になった覚えなど俺にはない」
「恩があるからと武芸者を素通りさせるようなことを、私は許さんぞ」
「……無論だ」
そうこうしてる間に、
『え、あ……? えっと……、このヒトは?』
不測の
バリは腰の得物を抜いていた。
周囲の気が揺らいで見えるかのよう、鋭利な細身刀に充満する殺気。
ただごとではない。取り押さえようと動けば、ただでは済まない。そう察せられて、近衞らは動けなくなっていた。
「大都王、コ・ゼダン」
台上のバリは、抜いた刀の切先を高座の上へ向ける。
「僕の悔恨を晴らすため、因縁を斬り払うため、この衆目のなか、死活の勝負をしていただきたい」
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