品評の場と闖入者 1

『東面の奴隷はヌ・セイドロ。前回の春季評価額では四千五百万円と六位につけました!』


 ラ行波導はどうの司会演説に紹介を受け、半裸の男は礼をする。


『彼のもっとも得意とするところは言わずもがな、「木工」でしょう。識者しきしゃ術に加えて、持ち前の器用さで作り出される木工品は荘厳そうごんで格調高く、それでいて長持ちすると評判です。背後には渾身の新作がずらり! 椅子に箪笥たんすに脇机。「象像しょうぞう解禁」を受けてか、ン神の木像もあります。どれも精巧精緻で赴きある品です!』


 半裸のヌ・セイドロは自作を誇るように両腕を広げると、もうひとつ、うやうやしく礼をした。


『続いての北面はイ・ケネメン! 今回から目録に載った注目すべき女性です。ご覧のとおりの艶髪えんぱつ麗顔れいがんの持ち主! 家付きとしてひととおりの家事炊事をこなすことは当然ですが、彼女はそれだけではありません!』


 たおやかに笑みを浮かべる黒髪の女は、観衆の視線を集め、焦らすような間を空けたあと、おもむろに持っていた巻物を開き下ろした。拡げられた内面を認めると、北面披露台の下では「おぉ」とどよめきが起こる。


『ご覧ください! 独自に学び、研鑽けんさんに励んできたという「絵画術」! 作の題は「桜桃おうとう図」。我らが殿上てんじょうがおわす「王宮殿」、その周囲を取り巻く桜桃の木々が花咲いた様子を如実に……、いえ、本物以上に艶やか絢爛けんらんに描ききっております! まるで、見る者をひと足はやく春へ誘うかのよう! 絵画は殿上が、そして、後を追うように魔名教会も奨励するようになった「芸事げいごと」に含まれております。今回の奴隷評価でも重視すべき点なのは間違いありません!』


 深々と頭を下げる女奴隷に向け、観客の波は称賛と期待の拍手かしわでで賑わった。


 厳格さを保ちながらの面持ちで、玉座の男はふぅとか細く息を吐く。


「……どうだ? 『評定ひょうじょう』は」

「……『どうだ』とは、何を答えればいいんだ?」

「感想を訊いている。貴様は初めて見るのだろう?」


 問うてきた男に渋面じゅうめんで一瞥を返すと、黒衣こくえ制服の少年は眼下に目を戻した。

 大都だいとを挙げての催事、「奴隷品評会」の本日。「品評会」のために開放された宮殿広場は、中央に周囲より頭ひとつ高くなる「披露台」が設けられ、評価対象となる者らはここで自らの在り様、奴隷としての才覚を示していく。

 そして、その「披露台」から少し離れたところ、さらに高い座があり、根元を数人の近衛が固めている。今回からの主催であり、列席するなかでも最高格の帝王、ダイト・ン・ガルボラ・コ・ゼダン。彼のために用意された特等の高座である。彼の側近にはべる近衞として、明良の姿もここにあった――。


「様々だな」

「『様々』……。その真意は?」


 見上げられる視線を感じながらも、少年は「披露台」から目を離さない。

 台上だいじょうでは、新たな参加奴隷が紹介を受けており、少年の見たこともない横笛を構え、軽妙けいみょう流暢りゅうちょうに旋律を奏でている最中であった。


「ヒトの様々をあらためて認識できる。奴隷の身であれば、日々が成果厳守のはず。息つく暇もないだろう。それでも、おのれの長所を見つめ、この場に向けて練達に励んできた。彼ら彼女らはその結実けつじつを誇っている。魔名術だけでなく、工芸、奏楽、弁論……。実に様々だ。自らがいかに狭小な世界にいるか、認識させられる」


 「高尚な感想だな」と、皮肉を含め、ゼダンは鼻で笑う。


「だが、貴様ほどにヒトは高尚ではいられまい。観ている者らの目は、台上の奴隷を値踏みするのが大半だ。あの奴隷は値が上がるか、有用か。掘り出し物はないものか……。買い付ける機を探り、目ぼしを付ければあの通り、『売買扱い』に殺到する。持ち金の足りない者は、新しい奴隷のため、手持ちの奴隷を売りさばいてでも元手をこしらえる。貴様のような高尚な想いで眺める者はごく僅かであろう。タイバと同質か、あるいはそれより下劣でいやしい守銭奴しゅせんどばかりの群れがこの『評定』だ」

「……」

真名まなの理念で自由を標榜ひょうぼうするスピンも、『奴隷』という字面じづらが気に入らないのだろう。制度を廃するか、改革を試みるよう、遠回しに指図してきている。こればかりは私個人、かの小賢しい教主の提案に傾きたくもなるところだ」

「……珍しいものだな。懐古主義の貴様が、伝統催事に否定的とは」


 揶揄やゆに言い返してくるものかと思ったが、明良の予想に反し、ゼダンは口を閉ざして披露台を眺めるのみ。ふいの問答も終わりかと、明良も目を戻した。


 この半年、反目はんもくしながらも近くにいる間に、明良はゼダンがこのような態度をとるとき、それが何を意味するか、なんとなくではあるが察していた。

 彼に千年を生きるすべを授けたという客人まろうど、「カイナ」。ゼダンが口を閉ざし、無表情を頑なにするときはまず間違いなく、話が彼女に関連しはじめたときである。明良はそのことを学んでいた。

 此度このたびの「評定」、よくは思っていない様子にも「カイナ」が関わっており、それでも大都伝統の行事であるから取り止めにすることもできず、ゼダン個人は複雑な想いで参席しているのだろう。敵ながらも厄介な性分なのだな、と明良は少し、千年の王を気の毒に思った。


『中央にご注目ください!』


 司会演説の声が張り上がった直後、それさえもかき消すかのような大きな歓声が巻き起こる。高座上の明良も、そしてゼダンも、ひと際大きく目をみはって披露台に視線を注ぐ。

 台の中央では、歓声を刺し貫くかのごとく、半裸の男がさき三又みつまたなが得物えものを振り回す「槍演舞」を披露目ていた。


『屈強な肉体! 鮮やかな槍捌き! 守衛手から奴隷に転身した異例の経歴の持ち主! 「段」の自奮じふん術と相まって放たれる槍技は、一閃いっせんいかずちの必殺! ご存知、ソ・ブルドの登場です! 前回評価額は二億五百万と断然の一位です!』


 空を裂くひと突きを放ち、観客の熱狂を一身に浴びるのを堪能した様子のあと、台上のブルドは得物を引いて一礼する。


「あの程度が今世こんせい十傑じゅっけつの首席とは」


 誇るように見上げて来た奴隷に薄く微笑み、頷いて返すゼダンは、しかし、目の奥を冷めさせて呟く。傍らの少年にだけ聴こえるほど、小さな声量である。


「千年の間、奴隷の質も下がるばかりだった。特に、武芸に関してはな。その本質ゆえ、命のやりとりが常の世でなければ武芸は磨かれん。魔名術も然りだ。あれならばまだ、仮初めにも死線を経た自らの方が上回ると思わんか、明良?」

「……他行ほかぎょうな話だ」

「ふん。意気がれ」


 嘲笑ちょうしょうを零すゼダンであったが、彼はつと、視線を台上から広場の片隅へと移した。何かに気付いた様子で「ほう」と感心の声を上げる。


「この機に真っ向から来るか。私が見てきた限り、当世で一、二を争う武芸者が……」


 明良もまた、ゼダンの視線の先を追う。

 大衆のなかでも、ゼダンが注視する的、その男の姿は目立った。

 身なり風体はみすぼらしい。薄汚れた衣服に、薄茶色の長髪を後背で無頓着にまとめている。しかし、男はその外見とは裏腹に、離れていても少年が物怖じしてしまうほどの気迫をみなぎらせている。内に満々と溜め込んでいる気焔が、ひと目で知れる――。


「オ・バリ……! 来たか……」


 バリ大師は細目を披露台上に据えつつ、人波を掻き分け進んでくる。目を向けてこずとも、彼の注意が高座上のゼダン、そして、自身にも注がれていることは、明良にはひしひしと感じ取れた。


「さて……。懇意こんいの者としては、隠遁いんとんの大師はどう出ると思うか?」

「……さぁな。それに、ヤツに恩はあるが、懇意になった覚えなど俺にはない」

「恩があるからと武芸者を素通りさせるようなことを、私は許さんぞ」

「……無論だ」


 そうこうしてる間に、附名ふめい大師オ・バリは披露台上へと昇っていた。


『え、あ……? えっと……、このヒトは?』


 不測の闖入ちんにゅう者に台上の奴隷も、観衆も、波導の司会も困惑が極まっている。あまりに堂々と静かに乱入してくるものだから、呆気にとられるばかりであった警備近衞もようやくにして動き始めたところ、すぐにピタリと動きを止めた――いや、止められた。

 バリは腰の得物を抜いていた。

 周囲の気が揺らいで見えるかのよう、鋭利な細身刀に充満する殺気。

 ただごとではない。取り押さえようと動けば、ただでは済まない。そう察せられて、近衞らは動けなくなっていた。


「大都王、コ・ゼダン」


 台上のバリは、抜いた刀の切先を高座の上へ向ける。


「僕の悔恨を晴らすため、因縁を斬り払うため、この衆目のなか、死活の勝負をしていただきたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る