瞼映の魔名術と大都王宮の警護隊長 3

 大都だいとの町は、同規模の他の多くの都市と違い、防護用の外壁を持たない。

 この造りでは町の住人が増えるにつれて町自体を拡げ、発展がしやすいという長所があるが、当然、外敵やアヤカムの侵入を許しやすいという欠点もある。これに対し、近郊に物見の塔を密に立てて警戒し、町中の巡回を頻繁にすることである程度の対策がとれるが、もうひとつ、大都には都市防衛上の仕掛けがある。

 その仕掛けとは、住民の家々、店舗、施設――。それら、都市を構成するすべてが、有事の際にはへと変わるのだ。

 一本だけ大きな通りはあるが、基本的に、大都に大通りは存在しない。外敵の進軍を難しくさせるためである。建物は所狭しと建てられ、路地は複雑に入り混じり、町そのものが迷宮のごとくとなっている。今では石造りの家々が並ぶが、王政の過去において、一般市民の家屋は厳格に木造と定められてもいた。木造のは、敵の侵入が深刻となった際、の策をりやすくなる。

 そして、そのような町の中心にあるものは当然、王の居城、「王宮殿」。言い換えれば、大都の町は造りそのものからして、「統治者のために整備された都市」なのである。


 述べたとおり、大都の防衛機構は特殊ではあるが、「大都戦争」終結から千年もの時が経っており、平和の期間は長い。敵襲の心配がない平時、迷路のような町など不便さが目立つものである。

 それでもなお、都市構造の改変が長らく為されず、古来からの形が保たれているのは、なんのことはない、執政を担当していた魔名教会が遺恨ある大都の発展に本腰を入れるはずがなく、他方、代々の司教がに大都の町をそのままとしていたからである。

 代々の司教――すなわち、コ・ゼダン。姿すがたかたちが違えど、大都の現為政者は魔名教会の司教として、間接的に、されど恣意しいでもって、大都の町の構造を保ったのである。



(ヤツがをわざわざ呼び出すとは……、何の用だ?)


 内心でいぶかしみながら、明良あきら外郭がいかく部を出て、本殿ほんでんを目指していた。


 複雑雑多な住民街と違い、王宮殿は豪奢ごうしゃで整然としている。土地は広く取られ、その囲みとしては、地上五階、見上げるような外郭部が隔壁の役割を為す。瀟洒しょうしゃで洗練された意匠が随所に施された本殿部が内側にあり、そこからは塔が一棟、天上に向けて伸びる。

 明良あきらがはじめて王宮殿の内部に足を踏み入れた際、まるで、福城ふくしろの教会区の縮小版のようだと感じたものだが、歴史を鑑みればその感想は逆であり、福城の教会区こそ、大都の王宮殿を参考に整備されたものである。


「入るぞ」


 「高殿こうでん」と呼ばれる塔の最上階、ひとつだけある扉に向かい、明良は声を張った。

 他の者がいれば、もう少し言葉を取り繕いもする少年であるが、室内にゼダンひとりだけであることはである。

 入室の声に応じるかのよう、扉が開く。


「言わなくても判る。硝子がらす越しに貴様も見えていたであろう。黙って入れ」


 書類事務であろうか、目線は机上に残しながら眉をひそめたゼダン。


 彼が言ったとおり、明良は室内に入るより前――、いや、それどころか、外郭から本殿に向けて歩いていたときにはすでに、執務室にゼダンひとりだけであることを認めていた。それは、塔の最上部、大都帝の執務室は、ためである。

 この室の様相は、ひとことでいえば異様。

 全面が硝子張りで、柱もなく、入室のための扉以外、視線を遮るものがない。見えるのは執務机と簡素で低段な書棚がひとつ。少し目を凝らせば、町の各所から室内を見て取ることができる。まるで雲上に座するかのような大都王ゼダンの姿。少し前まで、その傍らには黒髪の少年の姿もあった。


 基本的にはどちらも口数少ないゼダンと明良。加えて、お互いに敵対心もある。ゆえに、しばらくは黙っていた明良だったが、あるとき、ついに限界が来てたずねたことがあった。「この部屋の異様さは何なのだ」と。「これも過去の栄華にしがみつき、踏襲しているのか」と。

 千年前にはなく、自身が現代で新設したものだとの説明をくれたあと、ゼダンは硝子張りの理由を話した。


『見られることは自覚を高める。この私が王であり、もはや、その王道は再開された。今度こそ、大都を導かねばならない。永久の繁栄をもたらさねばならない。大都の民にあけすけに覗かれ、視線が終始注がれるこの部屋は、私のその自覚と自尊を強めてくれるのだ。だが、逆も同じことだ。眼下の者らが見ているように、私もまた、民を見ている。王に見られている、昼夜問わず、天上よりの眼が注がれる。我慢しきれなくなった貴様と同じように、帝王にやましいところがある者は、そのことに気付いたとき、慄くであろう。心酔して従順な者は、より安堵する。私自身の識者術で設えたこの室は、これからの大都を、居坂の在り方を顕現する部屋なのだ』


 その説明をもらったときには、明良はゼダンの言い分を理解できず、閉口するだけで終わった。今もまだ、理解が及ばない。理解に努めようという気にも、到底なれはしない。

 半年近くもの間、自身も常駐した部屋であるが、相変わらずの居心地の悪さを感じつつ、明良は入ってすぐのところで控える。


「インダから、召集があったと聞き及んだ」

「……任がある。貴様にな」


 入ってすぐのところで待っていた明良に、ゼダンは呼び出しの用向きを告げた。


「明日、『評定ひょうじょう』がある」

「評定とは……?」


 訝しんでピンと来ていない様子の少年に落胆のため息を聴こえよがしに吐くと、ゼダンは「奴隷品評会だ」と続けた。


「明日は明け方より、王宮内で奴隷の品評会が催される。今回は大都国の復古より初めての開催だ。無論、私も列席する」


 大都大陸のヤマヒトの村での生活が長かった明良は、「奴隷品評会」という言葉で理解がいく。

 「品評会」とは、大都とその周辺地域の固有身分制度、「奴隷」に関連し、年二回、春と冬に開催される奴隷らの格付け大会である。

 これまでもたびたびあったが、「評定」とは千年前の当時の言い方なのであろう。つまり、「奴隷品評会」は少なくとも千年は続いた伝統があったわけである。顔に出しはしないが、「思わぬ伝統もあるものだな」と明良は場違いな感慨にふけった。


「俺の任とは、ヒトの出入りが増えるから、警固を強めろと……、そういうことか?」

「それもあるが、貴様には専任があるはずだ。私の護衛という任がな」

「警護隊長の護衛など、貴様には今更、必要ないだろう?」

「……それ以前、貴様がこの帝都にいる所以ゆえんだ」


 説明が足りていないことに眉をひそめる明良だったが、自身を覗き込むような相手の目に真意をさとり、「まさか」と息を呑んだ。


「バリか……?」

「察しが遅いな」


 舌打ちを鳴らすと、ゼダンは目線を落とし、もうひとつため息を吐く。


「物見より報告が入っている。昨夜、オ・バリと思わしき不審な者と出くわし、身元を検めようとしたところ、瞬く間に逃げられてしまったとな」

「バリが……、大都に来ているのか?」

「無論、貴様に会いに来たわけがない。この時機……、『評定』の日であれば、ヒト込みに紛れ、王宮への入城が容易になる。かの武芸者の狙いは明白だ」


 少し呆然とする少年の姿を認めると、ゼダンは嘲るように、ふんと鼻を鳴らした。


約定やくじょうどおり、貴様が我が盾、我が壁となるときが来た。まさか、反故ほごにはするまいな?」

「……承知した」


 値踏みするような目に正視を返してやると、明良は力強く頷いた。

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