瞼映の魔名術と大都王宮の警護隊長 2

 明良あきら大都だいとに来てから半年近くが経つ。


 この半年の大部分は嫌味や怪訝けげんな顔に耐えつつ、文字どおり、ゼダンの側に居続けた少年である。だが、三週ほど前、自らゼダンに提案し、明良はおう宮殿きゅうでんの警護隊を組織した。

 その動機は、大都の内外で頻発していた暴動である。


 美名とフクシロへの報告には「大都は治安良好」と上げてはいるが、それは「思ったよりは」である。

 ゼダンによる統治体制の簒奪さんだつ直後から、大都では不安に駆られた者、大都への復帰を望む者、魔名教会の統治に固執する者、ただの暴れたがり、それらに抗する住民など――乱暴らんぼう狼藉ろうぜきを起こす者が頻出していた。これまでのところは散発的であり、死者が出たり、大規模な破壊行為に至るものはないが(それ以前にゼダンが収拾させる)、さらに大きな変事がいつ起きるともしれない。

 さて、明良がこれらに対し、何をか為せていたかというと何もない。

 ただ木偶でくのように為政者の横に立ち、彼とともに「今日はどの地区でどのような変事があり、何名の負傷が出たか」の事後報告を受けるのみ。暴動が今まさに起こっていることを知りつつも、ゼダンの執務室に控えたまま、魔名術で王宮殿の外郭が撃たれたのだろう、かすかな振動を感じるだけ。

 報告を受けたゼダンは手下てかに指図するも、あとは平然として執務机を離れないものだから、明良も必然、看過せざるを得なかった。ちらちらと窓の外、様子をうかがうくらいのことしかできない。

 義心ぎしんの性根を持ち合わせているがため、少年のもどかしさは募るばかりだった。


 それがついに溢れだしたのが三週前。

 「次の段階に移るべきだ」と明良は考えた。

 ひとまず、これまでは大都の王に悪事なく、見る限り、健全な政策がられている。それでも大都の情勢の不安定さは拭いきれていない。

 引き続き、悪逆者から目を離せないのは確かだが、ただの付きっきりではよくない。自らが為すべきこと、為さなければと思う心。背きつづけることはできない。

 思い立った明良は、冬入りした機にゼダンに進言する。「王宮殿の警護に特化した隊を作れ。俺をその隊の長に据えろ」と。


 はじめは鼻で笑ったゼダンであったが、最終的には明良の要求は通った。旧態の守衛手を引き継いで「大都帝国」にすでにあった「近衞隊」から分派し、王宮警護隊が発足されたのである。「分派」はゼダンからの指示であり、なにかと公金出費がかさむなか、新規の人員確保と練磨の費用を省いたわけである。


 警護隊の任は明良が進言したとおり、王宮殿、ならびに「大都王」の警護である。「近衞隊」は町全体の警護の任であるから、基本的には王宮の外と内とで棲み分けがされる。変事の際にはこれに限らず、相互に協力する体制となる。

 当然、隊のおさには少年が就くこととなった。

 こうして、明良は「ゼダンのそば(見張る)の立場」は保持したまま、「変事に駆けつける立場」をも手にした。



「アナガ、いつまでいるつもりだ?」


 とがめるような声に、明良とアナガは揃って振り返る。

 待機室の入り口に立っていたのは、ふたりと同じ黒の隊服を身に着けた男。体つきがしっかりしていて、精悍せいかんな面差しの壮年である。

 警護隊の副長、セ・インダ。

 本日の夜回り組を率いていた彼は、先ほど待機室を出発していった組と任を交替してきたのだろう、他の八人とともに室内へ入ってくる。


「もう、お前の組は巡回に行ったぞ」

「は、はぁ……」


 この男は、守衛手時代、近衞時代からのアナガの上役うわやくである。頭が上がらず、煮え切らない答えのアナガに助けを出すよう、明良は「すまん」と割って入った。


「俺が呼び止めたんだ。アナガに落ち度はない」

「……役務に関することでしょうな?」


 とげとげしい目つきで問う副長に、明良は閉口してしまう。「警護隊の役務に関すること」ではなく、少年のまったくの私事で彼を留めていたものだから、バツが悪いのも当然である。

 「瞼映まぶたうつし」と「手紙」のことはアナガにしか話していない(魔名教会からの内偵であることはアナガにも話していない)。しかし、若年隊長がなにやらアナガと懇意にしており、それどころか、統治者ゼダンとも近しいようだとは隊員すべてに知れ渡っている。

 このインダは、それをよく思っていない様子。はじめの頃、突然に現れ、新設の隊を統率する立場となった明良のことをいぶかしむ者は少なくなかったが、少年の働きぶりや勤勉さに感心し、その懐疑も次第に解けてきているなか、頑なに疑心を抱えているらしいのがこのインダであった。


「勤仕の最中は雑念を払って専心いただきたいものですな」

「……すまん。留意する。アナガも悪かった。組を追いかけてくれていい」

「……はい」


 「悪いことをしてしまった」と、室を出て行くアナガの背中を見送る明良に、ふたたびインダから「隊長」と声がかかる。


殿上てんじょうが呼んでおられましたよ」

「ゼダンが俺を……?」

「ええ。今日であれば、いつでもいいとは仰っていましたが」

「……すぐに行こう」


 アナガに引き続き、明良も警護隊の待機室を出て行く。


(やはり、美名の言うとおりか? 俺にはヒトを率いるなど向いていないな……)


 回廊を進む明良は、最後に寄越されたインダの剣呑けんのんな目つきを思い起こすと、ふぅと小さく息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る