少女と少年とネコ ヘヤ編
朧ろ灯りとふたり 1
ヘヤの守護のために設置された古来よりの
波に流され、近づく光。
波に遊ばれ、遠のく光。
暗色の上には無数に、ぼうと
その数は海が映す星より多く、ゆっくりと、静かに散り拡がっていく――。
年にいちどの、港町ヘヤの「
「
「へえ。
タイバ大師の解説に、クミが感嘆の声で応えた。
「イバちん、物知りだのん。ナ行
「……ふふ。絶賛ですね、ニクリ大師」
「これだけの人数を、たった二日でこのヘヤまで運ぶのですから、まさしく、そのとおりですよね」
自らの言を確かめるかのよう、オ・メルララは周囲へと目を流す。
彼女のすぐ隣にはオ・クメンがいて、その奥には波導大師ニクリ。逆側には新任の劫奪大師となった美名と
魔名教会の、名だたるこの顔ぶれが、人混みに紛れ、一様に
「わざわざ言いたくもないがの。これで結構、疲れるんじゃぞ、『
「ふふふ……。ご安心ください。今回限りです」
老師の愚痴に、教主フクシロがたおやかに微笑む。
それを横目で見ながら、クミはまたひとつ、安堵した。
「幻燈大祭」は、本当に楽しいものだった。
日頃の豊漁への返礼の意、海に供物を捧げる
ヘヤを長らく導いてきたモ・モモノの
この日、その
見返してきたフクシロの笑顔に、もう心配は要らないようだとネコは安心する。これより先、彼女が必要以上に背負いこみすぎることは、おそらくない――。
(さて、あとは……)
「あの燈明、沖で漁師のヒトたちが流してるんだって。光がいっぱいのあのなかに、きっと、ゴウラ親方もいるわ」
「美名が世話になったっていう、
「うん。……モモ
「ああ。……そして、いずれ必ず、戻ってくる」
(……コッチね!)
小さなネコは、何をか企むようにニヤけた顔を作ると、教主フクシロとクメン師へ、それぞれに目を配った。
「メルララさん」
視線を受け取ったオ・クメンも、クミほどではないにしろ、悪童のような企み顔を浮かべたかと思うと、そのまま、傍らの同僚に声をかけた。
「昼間の『名づけ』について、少し、話したいことが……」
「何か……、不手際がありましたか、クメン様?」
「いえ。不手際はありませんよ」
「なにしろ、初めてで……。『名づけ』のあいだ、本来は名づけ師として、ただ目の前の子どもたちを想わなければいけないのに、正しく魔名を授けることができるか、それが度々にチラついて……」
「……ここではヒトが多いものですから、込み入った話もしづらいですね。いちど、下に降りましょう」
「はい」
クメン師はネコと少年少女に向け、意味深げに目線を残すと、メルララと連れ立って離れていった。
「リィ大師」
今度、声を上げたのは、フクシロ。
「ン? シロサマ、どうしたのん?」
「祭事長に少し、私から提案をしておりまして、
「何だのん? リィが協力することって……」
「……説明します。ついてきていただけますか」
「わかったのん! おぉい。美名ちん、明良ちん……」
「いいのです! おふたりは……」
呼び掛けたニクリを強く制し、彼女の性根にしては強引な様子、フクシロは波導大師の腕を引っ張っていく。
人混みに紛れる間際に残していった、これもまた彼女にしては珍しい表情――モモノに通じる妖しい笑みに、クミは頷いて返した。
(あとは……)
「タイバ大師!」
美名の肩から飛び降りたネコは、タイバへと歩み寄る。
「なんじゃ、クミ様よ」
「トイレ行きたい!」
「……『といれ』とは? また、『神世』の言葉かの」
「あ、そうね……。うん。『お
「なんじゃい。用足しくらい、ひとりで行けるじゃろうて」
「こんなにいっぱいのヒトでしょ? いいトシして、迷子になりたくないのよ」
肩から重みがなくなったことに気付き、会話を聴き及んだのだろう、「私が行くよ?」と少女の声が入ってくる。
「私に言えばいいのに。ほら、行こう。クミ」
「あ、ああ、美名はいいの! ほら、アレ。タイバ大師にはアレ、『神世の稼ぎ方』のことで、まだ足りないトコロがあったから、それも話さないとな~って……」
「なんじゃと!」と血相を変えたのは、当然、欲深のノ・タイバである。
「それを早く言わんか! もうすでに
「だから言ってんでしょうよ! ほら、行きましょ!」
そそくさと、人いきれに混じっていく老人とネコの背後で「クミ、私は?」と、少女が追いすがる。
「美名はダイジョブ! ここにいて!」
「……うん」
少し不可解そうに
その少し向こうにいる、少年。
彼は持ち前の洞察だろうか、何か感づいたものがあったらしい。咎めるような、詫びるような、複雑な目をネコにくれていた。
(……うまくやるのよ、明良!)
夏の終わりも近い。日が暮れてからも長い。それだというのに熱い。
少しでも熱気から逃れようと、小さなネコは小さな老人の背の上、
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