青天会談と大師が遺したもの 5
さて、今度こそ話すべき内容が潰えたかのよう、沈黙が長くあったあと、おもむろにゼダンは立ち上がった。
「……まったくもって無益な内容であったな。私にとり、荷物が増えただけに過ぎん」
明らかに退席の意図がある言葉。
振り返りざまにゼダンは明良を指差し、「小僧」と言いつける。
「来るならば勝手に来い。近衞には通すように命じておく。迎えなぞ出さんし、旅費も出さん。間違っても、自らが
「無論だ。貴様の平手を見張れるなら、近衞でも奴隷でも甘んじて引き受ける」
「……その言葉、覚えておくがいい」
身を
男はぴたりと動きを止める。
「……カイナさんは……、どうなったの?」
「……」
「カイナさんは今、どうしてるの?」
「気になるわよ、そりゃあ。カイナさんは、その……、私の先輩みたいなものなんでしょうし……」
ゼダンはネコへ、しっかりと正面で向き直ると「死んだ」とだけ告げた。まるで、相手が怨敵かのよう、憎々し気に見下げながら――。
「死んだって……、いつ死んだの?」
「……」
「カイナさんは、普通に……、
「……貴様も
憐れむかのよう、恨むかのよう、混然とした視線をクミに投げ続けるゼダンに、教主フクシロが「ありえません」と否定する。
「クミ様は、私たちと同じ、居坂の
フクシロを引き継いで、美名が「教えて」と続ける。
「クミは……、本当は、『
「……」
「だから、ねえ。教えて。少しくらい、教えてくれたって……」
代わる代わるの詰め寄りに憔悴したかのよう、眉間に指をあて、
「……え?」
「……一千年前に、私が殺した」
「殺したって……、え?」
「これで満足か? ……辞するぞ。よいな?」
苛立ちを露わにしたゼダンの姿は、卓上へ何かを投げて寄越したあと、忽然と消えた。
その何かはスルスルと回転しながら滑り、フクシロの手前でピタリと止まる――。
「……唐突に現れ、唐突に消えるのが好きだな。
「『殺した』って……、え? え? どういうこと……? カイナさんとあのヒトって、親し気なカンジっぽかったんでしょ……?」
「この前の話しぶりからすると、そのはずだけど……」
困惑する一同のなか、フクシロは目の前の何かを
それは、閉じられた扇であった。
艶やかな黒塗りの骨に、開いた扇面では多彩な濃色が豊か。しかし、軽薄な感はなく、むしろ、重厚で華美な格調を、ほのかな芳香とともに匂わす――。
「これは、
言いかけていたフクシロは、ふいに意識を飛ばされたかのよう、茫然とした様子になった。
「……フクシロ様?」
すぐ隣にいた美名は、いちはやく異変を察し、彼女の身を揺すり出す。
「フクシロ様、フクシロ様ッ?!」
「え、ちょ、え?! どうしたの?!」
「……あの外道がッ! 最後に
相手の姿が不在であるにもかかわらず、刀の柄に手を掛け、机上に足を乗せかけた少年だったが、「大丈夫です!」との叫びが
叫んだのは教主その人。
美名に揺すられていたフクシロは、気を失ったときと同様、前触れなく我に返り、明良を強く制したのだ。
「……異状ないか?」
「はい。なんともありません。ゼダンは、モモノ大師に会わせてくれたのです」
「……何?」
「この『
「まさか……、『
「マ行・残心」。
術がけした相手の心中に『意図を刷り込む』、マ行幻燈の高位術である。「カ行の丘」でゼダンと対峙した際、彼を介し、美名と明良がモモノの遺言を受け取ったのもこの魔名術であった。
「……この扇子にも『残心』が仕掛けられてたの?」
「……いえ。おそらくこれは、彼が術を移しかえてくれたのでしょう。幻のなかの大伯母様も、終始、ゼダンの
美名らと同様にフクシロも、今この時、モモノの遺言を受け取った。
潤む瞳を黒衣が消えた
「ゼダン……。私に、
美名も明良も、意表を
これこそ、ゼダンにとっては何も利するところがない。ひとつも得にならない。思いやりとしか呼べないこの施しは、果たして本当に、自分たちが刃を向けたコ・ゼダンが為したものであろうか。
クミは、何故だか少し、温かい気持ちになれた。
「真名」は――誰かを思いやる心は、かの黒幕でさえ持ち得ている。
時間はかかるだろう。努力も要ることだろう。だが、きっといつか、ゼダンとさえ和解できる。他の何者とも、
居坂から「争いがなくなる」日が、いつか、きっと――。
「休みましょうか」
泣き笑いのあどけない顔を向け、フクシロが言った。
「……え?」
「休む……?」
「会談の直前、勧めてくださいましたよね。モモノ大師にも……、『根詰め過ぎはよくない。息抜きしなよ』と助言をいただきました。祭りに遊びに行きませんか?」
突然の提案に目を丸くし、お互いの顔を見合らせる者ら。
「美名さんが旅立ち、明良さんが大都に赴くのは、それからにしましょう」
「でも、祭りって……?」
「確か、もうすぐ、ヘヤの町で『幻燈大祭』があったはずです。数年前に一度訪れたきりでしたが、『
涙の跡に微笑を
幻燈大師との別れがそうさせたのか、遊興の思いつきに早くも心躍っているがためか、彼女の表情には、数刻前、美名が心配した不調の気配はすでにない。
「
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