青天会談と大師が遺したもの 4

 側仕えを認める言質げんち。思惑果たした安堵か、美名の隣で明良あきらは、ふぅと小さく吐息を漏らし、フルリとひとつ、身震いをする。


「明良さん……。本当によいのですね?」


 覗き込んできたフクシロが問う。


「私は、私たちは……、あなたの誇りに頼ってもよいのですね?」

「……もとより、これは俺の責任だ」


 少女教主と少年、ふたりが頷き合う。

 視線の途上には何か言いたげな美名の憂い顔があり、明良は彼女にも目を向けた。


「……明良。コイツを見逃した責任って言うなら、それは、私にも……」

「お前には為すべきことがある。そうだろう?」


 潤みはじめた紅い瞳に、明良はフッと優しく微笑みかけた。


「折良くなのか、悪くなのか、俺は少し、これからの道を見失いかけていたところだ。だが、今、ふいにだが、着想を得た。俺が次に身を置くべき場所は、ここしかない。この仇敵の悪逆を止められる最前の位置しかない、と。すまん。お前は何度も、これからの旅に誘ってくれていたのに……」


 パチパチと瞬きをして、「ううん」と少女は首を振る。


「明良の心に従ったなら、私は反対しない。でも……、危なくなったら、少しでも危険があったら、自分の命を大事にして」

「そうよ、絶対よ。アンタ、ほっとくとすぐに危なっかしい立場に入ってくんだから……」


 美名、そして、脇から口をはさんできたクミ。少年はめいめいに、強く頷いて返した。

 それを見守ってから、教主フクシロはゼダンへ、居住いを正す。


「明良さんの身の保証をしてください。それぐらいも為せませんか?」

「……違うであろう? この餓鬼がきは、危険を承知で話を出してきたはずだ。私の手で葬られる可能性は無論のこと、バリ大師からも私を守ると、自ら提案してきたはずだ。かざすべき盾を背に回し、大事に扱う使い手がいるものか?」

「……」


 閉口するフクシロであったが、当の明良は「構わん。不要だ」と平然としている。

 ゼダンが言う通りに少年の覚悟は定まっている。それを再認識し、フクシロは横の少年に顔を向けた。


「……冒険にはやることないよう、心得てください」

「……承知した」


 言ってからの少年は、自らの茶碗を口に運ぶと、中身を一気に、グイと飲み干した。


 それからの青天会談の内容は、大きくはふたつあった。


 ひとつは、双方のこれからの展望。

 魔名教会側は、まずは運営体制を整え直したうえで、「真名まな」に基づいて改革を進めていく。「改革」の内容がさほど詳細でなかったのはゼダンもいぶかしんだところだが、なにも隠したわけでなく、真実、今のフクシロにはそれ以前、「体制の持ち直し」だけで手一杯であるからだった。

 大都だいと側も同様、領内の統制再編がまず第一であるという。こちらも詳細にその内実を明かしてはこなかったが、教会側と違い、明白な意図で隠し立てがある様子。フクシロは、ゼダンの冷ややかな笑みの裏、武力での領土拡大を画策していないか探りを入れもしたが、相手は冷笑のままに無言。それでこの話は仕舞いとなった。


 ふたつめの会談内容は、決まったばかりの明良の処遇についてである。公平を期すため、そして、この場での取り決めが破られた際、それは明良に変事があったことの証左とするため、フクシロが持ちかけた話題である。

 まずは、彼と教会側との連絡手段。

 これには「神代じんだい遺物いぶつ相双紙そうぞうし」を用い、教主フクシロと美名とに少なくとも週に一度ずつ、筆記での連絡をとることとなった。これが途絶えた場合、あるいは、連絡を寄越したのが明良でないと受け手が判断した場合、教会は大都に対して対処を講じる。また、明良からの連絡により、不公平な施政、圧政、度が過ぎた武力行使、奸計。以上の動きが大都に認められれば、それもまた制裁策を練る。

 しかし、オ・バリ附名ふめい大師が少年の生死に絡めばこの限りではない。ゼダンからこの言い含めを受けた一同は、明良自身の提案でもあり、ふたたびに当人も頷いたことから、これは承服せざるをえなかった。

 次に、明良の任の期限。

 「期限」とはいえ、この場では明確に定めるものはなく、ゼダンのそばにあるのも、離れるのも、すべて彼の自由意志に任すということで合意。もとからして利するところが少ないからか、ゼダンは「勝手にすればいい」と不興を露わにするだけであった。「表向きの役目を何かしら用意しろ」と不敵な少年の面持ちからして、彼自身でゼダンの見張り役を降りることは、早々にはあり得ないであろうことは明白である。


 ぽつぽつと、会話の途切れが見え出した頃、さるの鐘が福城ふくしろの町に響いた。屋上での会談もすでに一刻以上が経ち、長々としてきている。

 

 聞いているだけの立場の小さなネコは、気が滅入っていた。

 重々承知していたつもりではあったが、こんなに澄みきった青空の下で為される話は、両勢力の友好和平を深めるものなどではなかった。込み入った内容には至らず、牽制で終始しようとしている。フクシロが何度か、懲りずにゼダン本人や「客人まろうどのカイナ」に話の水を向けても、相手は一切取り合わず、機嫌を損ねたように無言を貫くのみ――。


 「真名」。

 「天咲あまさき塔」で聞き及んだ少女教主の理想。

 居坂ではすべてが受容され、個々に輝くことができる。際限がなく、寛容な世界が居坂。それを明らかにしたい。煌々こうこうと、ともがらに示してみせたい。

 あまりに幼く、あまりに眩しすぎたその理想に、クミは懐疑を通り越して惚れ込んでいた。

 すぐには無理であろう。だが、きっとできる。いたいけな少女が夢見るように語ってくれたことは、いつか必ず、居坂の人々にも伝わる。自分らしく生きていいんだ、とそれぞれのヒトが胸を張る。小さなネコは「天咲塔」で、そう確信していた。

 この会談への参席さんせきの打診があった際、クミは少し期待した。目下の対立者、ゼダンとの直接対話の場。周囲からゼダンの風説を様々に聞き及んでいたクミだが、ともすると今回の会談が彼の心根に変化をもたらし、変革の端緒になりうるかもと期待したのだ。

 だが、結局のところ、そんな気配はこれまで一切感じられない。

 相手には少しも歩み寄ろうという気配がない。フクシロをかばう声を上げてやりたくなるほど、空振りばかりが続く。

 クミの気は落ち込んでいた。

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