太古の礼拝殿と司教 7
「生きていたんですね……。よかった……」
涙ぐむ少女にふっと微笑み、「いいや」とかぶりを振るモ・モモノ。
「死んでるだろうさ。アタシそのものはねぇ」
「……え? でも……」
「この姿は虚像だから、綺麗なモンだろう? 最後の力を振り絞って、この『
虚像だと自称する
「でも」と美名は首を振る。
「こんなにハッキリと、ちゃんと話せてるのに……」
「違うねぇ。美名嬢のために、いくらでも応じられるよう、幾万通りに捻じ込んだ仕掛けだ。考えて話してるわけじゃない。アタシはもう、生きちゃいない」
「そんな……」
「哀しんじゃいけないよ? そんなことのために、アタシはアタシを残したんじゃない」
美名に歩み寄ったモモノは、彼女の片手をとる。
しっとりした肌はほんのり温かく感じられ、少女はまだ、相手がまやかしであるなどとは信じられない。
「『マ行・残心』は、術がけした相手の心に土産を渡す魔名術さ。ヒドい使い方だと、強制的に相手に好意をもたせたりもするねぇ。この幻燈術で、アタシはゼダンの魔名に制約をかけた。この姿を残したんだ」
「じゃあ、アイツの魔名術が急に弱まったのは、モモ
「美名嬢は、コイツに
クツクツと可笑しそうに笑うモモノの像。
麗人を見つめる少女の
「モモ姉様……。私、踏ん切りがついたんです。モモ姉様が魔名をお返しになったことを確かに感じて、無理矢理に呑み込んだんです」
「でも」と呟く少女の、涙の
ひと筋流れ、ふた筋流れ、ついには数えきれないほどに落涙する。
「……でも、こんな、そのままの
「ヒトは死ぬモンさ」
諭すように、
「ヒトは死ぬ。動物もアヤカムも、どんなに長生きしても、万物はいずれ死ぬ。そうして、巡り巡って
「……モモ姉様」
実体のごとく、少女の濡れた頬を指先で拭ってやりながら、「だがね」とモモノは語気を強める。
「そんな摂理に反するのがコイツだ。ゼダンだ。ヒトの、限られた命の枠からはみ出し、居坂を好き勝手しようとしている。一千年もの時間をかけ、魔名を蓄え、謀計を企んでいる」
「……千年」
「とはいってもね。アタシが『残心』を残したのは、何も、それを止めてくれだの、仇を取ってくれだの、そういうことを伝えたいがためじゃない」
パチパチと瞬きをする美名。
彼女の涙が落ち着いてきたようだと見て、モモノは今度は少女の肩に手を置く。
やはり、美名が感じる重みは、大師が生きている証のように思えた。
「美名嬢の好きなようにおしよ」
「私の……?」
「まだ少し及ばないかもしれないが、制約が残ってるうちにゼダンを打ち倒すもよし。逃げて、隠れ住むのもよし。なんなら、コイツの
思わぬ勧めに呆気にとられる少女。
モモノはまたも、可笑しそうに口元を抑えた。
「アンタの心に従いな。楽しい旅路をいくんだ。いつか美名嬢も旅立つときに、後悔がないように……。アタシは最期に、それを伝えたかったんだ。ゼダンの魔名に制約をかけることこそ、ついでの置き土産だったのさ」
親愛なる幻燈大師の、間際の言葉。
少女は最後にひと粒だけ涙を流し、「はい」と頷いた。
「私の心は……、定まってます。ゼダンは……、許せない」
「……ほう」
「倒します。モモ姉様の
顔を上げた美名は、大師に微笑んでみせた。
うす白の頬に、えくぼがくっきりと浮かぶ。
「さっきは……、あのときの私は、逆上して、私の心を見失ってました。『殺生に及ぶな』って先生の戒めを忘れて、私の
美名の手が、「
「抗います。何千年生きても、居坂は司教の好きにはならない。輩は、誰もアンタの思いどおりになんてならない。それを見せつけます」
「……よし」
うんと頷き、モモノ大師はくるりと美名の体を反転させた。
「いきな」と、ひとつ、背中を押す。
「死んだ者にかかずらうのも、もうそろそろ大概だ。行っておいで。楽しんでおいで」
あと押しされて二歩ほど進んだところ、少女はつと振り返り、深々とお辞儀した。
「モモ姉様……、ありがとうございました」
「鏡像に礼を言う者があるかね? まったく、殊勝なコだよ。美名嬢は」
頭を上げた美名は、モモノの姿を見つめる。
予め定められた受け答えとはいえ、目の前の彼女はまさしくの敬い人。
そして、
たおやかに流れる金色の髪。
薄氷のよう、触れれば割れてしまいそうな肌。
柔らかく光る
すべてを目に焼き付け、美名は
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