太古の礼拝殿と司教 8
視界では元のとおり、司教ゼダンを見下げている。
「モモ
「
倒れ伏したままのゼダンが平手を突き出し、
直後、美名たちの周囲はもとより、明け方近くの「カ行の丘」は濃い霧に包まれた。
「美名! 無事か?!」
「うん、大丈夫よ!」
姿は霧中に消えたが、
一方、眼前にあったはずの司教の気配は消えている。
だが――。
衣擦れの音。息遣い。投げ飛ばされても崩れないほどにキッチリと固めた
霧で視界を遮られようが、これらすべては美名にとって明確な痕跡――。
「逃げるの?!」
まず間違いなく司教がいるであろう方に向け、美名が怒鳴りつける。
「ちょっと優位が崩れたからって、逃げるつもり?!」
少しの間のあと、霧の中からは「なんだと?」と応じる声。
その声音には強い憤りの色があった。
「モモ姉様はどんなに劣勢でも、死ぬことを確信しても、ぜったいに逃げなかった! あきらめなかった! 私たちに言葉を残してくれた! そうでしょう?!」
「小娘……」
「今、ここで逃げたら、アンタはモモ姉様に負けたことになる! 逃げて、それで体勢を整えても、私たちを殺してしまおうと、アンタの心はあの塔で! あの夜に! モモ姉様に負けてた!」
霧中、司教の動く気配は止まったようだった。
代わりに美名が感じ始めたのは、
「美名……」
美名の手に、ふいに感触が加えられる。
明良の手。
年頃を迎えた少年の、骨張る触り心地が目立ってきた握り手――。
「お前も……、見たんだな? モモノ大師の最期の幻燈を……」
「……うん」
「俺にも……、親交が浅かった俺にさえ、大師は
「……うん、うん……」
少女と少年が悼むように交わす言葉。
それを遮り、男の高笑いが響いた。
「モモノか! この弱体は、あの
「……モモ姉様は、不遜じゃない」
「認めよう。魔名返上の間際、モモノは確かに私を超えた。私を超え、マ行の
相手が言いきった瞬間、丘の霧が晴れた。
美名と明良の十数歩先、司教がほくそ笑んで立っている。
片手は自らの胸板に当てられており、まるで、『
「
「意味はある!!」
ほくそ笑みを深め、片眉を
「……どのような意味だ?」
「私を導いてくれた。きっと、私と同じように、姉様に導かれたヒトはたくさんいる。そして、私も、導かれたヒトたちも、モモ姉様が導いてくれたみたいに、成長して、大人になって、新しい居坂の輩を導いていく」
「……」
「そうやって、ヒトの世を継いでいく」
少女は、繋がれたままの手を強く握る。
「
「……混沌
「……訊いておくわ」
「訊くとは……、何のことだ?」
「
「モモ姉様の魔名術を解いてる最中なんでしょう? だから、逃げもせず、襲ってもこない。アンタは今、一刻も早く全快して、誇りを傷つけた餓鬼を本来の全力で叩きのめしたい。その一心。だから話に応じてる。そうでしょう?」
「……そのとおりだ。餓鬼の割には自らの死活を
差していた指が、司教の顔面に向けられる。
射抜かれたゼダンは、少しだけ口の端を引きつらせた。
「その時間稼ぎに付き合ってあげる」
「……ほう。モモノが遺した優勢の機を、自ら打ち捨てると言うか」
「……アンタの目的は何? こうまでして、何がしたいの?」
問われたゼダンの顔色が変わる。
少女らを
「はっきり言うわ。アンタがモモ姉様の『
横目で目線を交わし、明良と頷き合う美名。
「モモ姉様がなんで魔名を返さなければならなかったのか。ニクラたち、『解放党』のヒトたちが、なんで
「野盗……。この私を、野盗だと……?」
司教の身が打ち震えている。
美名の言葉は司教の正中を射抜いたようだった。
「我が大望が……。大した目的ではない、だと……?」
美名が与えた猶予、「マ行・残心」を解除することも忘れ、腕をダラリと下げていた司教は、ふと思い直すように顔を上げ、ひと度首を振ると、少女らに不敵な笑みを見せた。
「……貴様らは、かつて居坂で最も繁栄した国を知っているか? この
「……」
「いいだろう、話してやる。話し終える頃にはモモノの
厳かに、おもむろに、司教は「
今度こそ、その姿勢には厳粛さが伴っていた。
「私の大望は、
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