ふたりと大河 1

「守りが固いわね……」

「当然だろう。主都しゅと福城ふくしろは、今や司教の本拠だからな」


 少女と少年は木陰こかげ草藪くさやぶに身を潜め、大都市福城、「市街区」に入るための正門を窺っている。

 ふたりが認めたとおり、門前には武装した者らが十数名、示威するように立ち並んでいた。


「この様子ではクミたちが福城に来たわけではなさそうだな。遠目に、漠然と感じる程度だが、門衛の者たちに

「……そうだね。槍を構えて、しゃんとして立ってるけど、……」

「……それに、あれは守衛手ではないな」


 明良あきらは目を細め、門衛らを注視する。


「胸当てに、平手を守るためのかな手甲しゅこう……。あの夜、主塔のたもとにいた者らと同じ装備だ……」

「……司教の私兵かしら?」

「……判らん」


 ひととおり物見ものみを終えたふたりは、腰を落とし、草藪のなかになりを隠す。


「クメン様たちを助けだすには、どこに囚われているのか、町の中に入って探るしかないわ。外壁も高くて登りきらない。あれだけの人数を相手にもしてられない。どうする? もし、いい手立てがないようなら……」


 「ワ行・奪地だっち」の危険性はすでに明良には話してある。

 それ以外の手段を訊いた美名に、少年は「夜だ」と答えた。


「もうすぐ日も暮れる。夜陰やいんに乗じて侵入しよう」

「夜でもこの警戒は緩まないと思うけど……」

「河を行く」


 「河?」と首を傾げる相手に、明良は頷いて返す。


「町を分断するように流れる城喜しろきがわに潜り、這入はいる。あれだけの大河だ。俺たちふたりだけなら夜の闇も手伝い、見つかる恐れは低いだろう」

「でも……、たしか、あの川にはアヤカムが……」


 旅に慣れ、何度も城喜川流域を行き交った経験をもつ美名は、かの大河に棲むアヤカム、「襟巻えりまきゆぎ」のことを知っていた。

 腕を入れれば強靭きょうじんに巻き付かれ、最悪の場合は、河に身を引きずりこまれてしまう。ましてや、潜水などしたらひとたまりもないであろう。

 しかし、美名の心配に対しても明良は頷いた。


がある。ヒトの旅路は、どこで何が役に立つか、判らないのが楽しいところだな」

「……対処法? アヤカムへの?」

「そうだ。まずは、俺がこの町に来て、寝起きに使っていた小屋へ行こう。工作の必要がある。一応、出掛けには隠すようしてきたから、道具も残っているはずだ。が失くなっていないか、少し気に掛かるのもあるしな」


 それからふたりは、人目につかないよう気を付けながら、明良が使っていた小屋――耕作放棄地の傍にあるボロ小屋へと向かった。


 辿り着いた小屋では、何ら異状はない様子。ヒトが隠れ潜むような気配もない。

 それでも警戒しながら内部なかへ入ったふたりだったが、やはり無人であり、ただのボロ小屋であった。

 内部を見回す美名を余所に、明良は慣れた様子で進み入ると、朽ちて剥がれた壁板の中に手を突っ込み、背負い袋を取り出した。


「……誰かが入った形跡はあるが、ともかくは無事だったな……」


 座り込み、ひとつひとつ袋の中身を取り出し、確かめている明良の傍に美名も腰を下ろすと、彼女は目の前に置かれた物に目が留まった。

 緑色の上質な彩色紙さいしきしでできた袋包み――。

 美名の視線の先を察した明良が、「髪だ」と教えてやる。


「『かみ』……? うん。見れば判るけど……」

「開けてもいないのに中身が『かみ』だと判るのか?」

「……『紙』の中に『紙』を入れてるの?」


 ひとしきり噛み合わないやりとりを続け、それがお互いの勘違いであると判ると、呆れて笑い合ったふたり。

 それも落ち着いてから、少年は包みを開けて中身を見せてやった。

 二種類――いや、ふたり分の黒い髪の束。

 艶やかに光沢のあるものと、少しクセがあって固そうなもの。


「そういえば……、少しは伝えたが、再会してからこちら、騒動続きで、ゆっくり話せてはいなかったな……」

「離れてたあいだの……、見つけ出せた『劫奪こうだつ者』のこと?」

「……そうだ」


 ふたりで並び座り、工作で手を動かしながら、明良は希畔きはんでの出来事を語ってやった。

 動力どうりき大師コ・ギアガンとその弟子との出会い。

 去来きょらい大師ホ・シアラとの出会い。

 シアラという男の正体。

 司教に通ずるかもしれない、「転呼てんこ」という不可思議な魔名の存在。

 そして、シアラがうろ蜥蜴とかげ使役しえきし、クシャの村を襲った理由――。


「あの教会堂師の悪行が明るみになったから……。そのせいで、クシャが……」


 では、「クシャの災禍」は自らのせいになるのではと、みるみると顔を曇らせていく美名に、この時ばかりはと工作の手を止め、明良は少女の手を取る。

 顔を上げた美名は、すでに二粒三粒、涙を零していた。


「泣くな」

「……」

「泣いて、クシャの者らが蘇るのか?」


 紅い瞳をさらに赤くさせ、少女は少年を見つめる。


「お前は……、お前とクミは、正しいことをしたんだ。そのことに誇りを持たないでどうする。それこそ、クシャの者たちへの冒涜ぼうとくだ。それこそ、悪逆どもを笑わすだけになるぞ」

「……明良」

「強くなろう、美名。俺も……、強くなる」


 瞬きを繰り返し、美名は「大丈夫」と力強く頷いた。


「ヘヤで誓ったの。クシャのことは大事に覚えておく。クシャで出会えたヒトたち、ミカメさん、村長様、ユリナ様……。心に刻んで、私の旅路を行くって。だから……、大丈夫よ」


 涙を拭った美名の顔に、えくぼが出来る。

 その笑みがただの愛想や虚勢ではない、美しいものであることに、明良はひとつ、安堵した。


「じゃあ、私、行ってくるね」


 もうひと度、目元を拭うと、美名が立ちあがる。


「……行くって、どこにだ?」

「もう。河から福城に這入るのに、動物の血が要るんでしょ? もうすぐ夜になってしまうわ。兎か狸、捕らえてくるから」


 そう言って、美名は大剣を携え、夕暮れの中へ飛び出していった。


 見送る明良は、少女の薄昏うすぐれの影に不安を覚える。

 それは、「強くなる」と自らが言葉を放ったときにもぎった、言い知れぬ、焦燥めいたもの――。


(美名……。お前は、俺が幻燈げんとう大師のことを告げたとしたら、今と変わらず、強くいてくれるだろうか。大師の死が確実になっていないとはいえ、怖気づき、話すことを先延ばしにしている俺を、今と変わらずに見てくれるだろうか……)

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