ふたりと大河 2
少年の上半身は裸体。下
傍らには、木の棒が三本ほど寄り集められた工作物が四組ほど。棒の一本一本には、狸の血がべっとりと塗られている。
「行こうか」
夜の河面を眺めていた少年には背後から声がかけられたが、明良は表情を強張らせるのみで、相手に向き直らない。
応じてくれない少年の視界に、少女が割り込んできた。
「何見てるの? 見回りでもいた?」
「……うっ。……い、いない」
「そう。なら、早く行こうよ」
顔を逸らした明良は、一瞬だけ見えてしまった美名の姿を忘れようと努めた。
月光に浮いた白肌が、儚げで綺麗だった。
「ほら、明良」
男子の気恥ずかしさなど知らず、工作物をふた組、手にとると、少女は河原へと下りていく。
この危急の事態に何を恥じらっている場合か、と自らを
「温かいけど、夜だとやっぱり寒そうね……」
河辺から眺め、美名が呟く。
「水中で
「うん」
「……あ、それと……、だな」
明良は背負い込んでいた「
美名が「
「これを……、『ヒコくん』だったか。その袋に入れておいてくれ。失くしたくないからな」
「そうね……。そうだね」
美名は、背負っていた袋を下ろす。
これも、美名が言うところ、「神世の思い出」の
サリサリとした妙に滑らかな肌触りの布でできており、
美名と明良の衣服はこの中にしまってあり、袋口はきつく縛っていた。
「……美名の『ナコちゃん』はいいのか?」
身を屈め、結びを解いている美名から目を背けつつ、明良は問う。
「うん。『ナコちゃん』は、
「……失くしても知らんぞ」
「そのときは……。『ヒコくん』、返してもらおうかな」
少女の無情な宣言に、少し呆然としてしまう少年。
その姿に、ふふっと可笑しそうに微笑む美名。立ちあがり、袋を背負い、河面に向かう。
気を持ち直すように首を振ると、明良は「行くぞ」とぶっきらぼうに言い放ち、先んじて大河へと入っていった。
*
夜の河。
遠目には木切れが流れているように見える。
よほどの警戒の念を持ち合わせていないかぎり、その流れ木を
しかし、その水面下では、それぞれに刀を携えた少女と少年が、下流に向けて泳ぎ進んでいる。細縄で木切れ――工作物を
たびたび、彼女らは息継ぎのために顔を出すが、静かに、木切れの合間に顔を出すものだから、やはり目立ちにくい。
(やっぱり少し、冷えるわね……)
静かに泡沫を吹き出しながら、美名は水中を見回す。
月光明るく、水質は上々とはいえ、夜の水の中とあっては視界は劣悪。優れた美名の視覚であっても、手を伸ばした少し先が見える程度。
ただ、自らのみが在る孤独。
それでも、前を行く少年の影に、美名は頼もしさを感じるのだった。
(明良……。私は……)
泳ぎ進みながら、物思いに入りかけていた矢先、少女の視界の端で何かが
黒い縄がうねるような動き――。
(来たわね。アヤカム……)
彼らには、朝も昼も夜もない。
この河に自分たち以外の生物が入り込んできたとき、その臭いを嗅ぎつけたとき、それが彼らの活動の時である。
絞めて、沈めて、吸う。
本能に従い、アヤカムは少年少女に忍び寄る。
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