少女と少年 福城編
津絹の裏路地と罪人の少女
息遣いも荒く、人家の隙間、暗い路地に身を潜める者があった。
「はぁ、はあ……。どういうこと……? どうなってるの?」
「なんで……、なんで追われるの……?」
もうひとつ、「なんで」と
美名である。
「
なぜか。
(気づいたら……、私は見たこともない、麦畑みたいなトコロにいた……。畑仕事のヒトを見つけて聞いたら、ここは
少女は自らの腰に
白い、何かの動物を模したものであろうか、刀の抜き口のところ、プラリと揺れる
(「
ともかくも、それからの美名は福城を目指し、急いだ。
ヒトに道を尋ねながら、時には
そうして、ほとんど休むことなく移動してきた四日目、この津絹の町に辿りついたのである。
だが、この町では異状が待っていた。
「……ッ!」
表通りにヒトが近づいてくる気配を察し、美名は身を縮める。
裏路地のなか、気配を殺し、闇に身を溶け込ます。おかげか、近づいてきた者らは少女の存在に気付くことなく、会話を始めた。
「どうだ?
「いえ。まだ見つかりません」
「そろそろ日も暮れるぞ。守衛手がぞろ揃ってたにも関わらず、町中に逃がしてしまった汚名、早く
「……ふぅ」
彼らの気配が辺りから消えたのを確認し、美名は小さく長く、息を吐く。
(……渡海を目的にやってきたこの町で……。どうしてだか私は、守衛手に追われてる……)
津絹の町は、同じ港町とはいえ、ヘヤほどには大きくない。
美名が遠目で見た限り、町に囲いはあるが、門衛を置くような規模の町ではなかったはずである。
だが、門衛はふたりいた。
町に入ろうとする者、出ようとする者の全てを、ひとりひとり
それだけで不穏を察していれば、いくらかよかったのかもしれない。
だが、道行きを焦っていた美名は、町に入ることを急いだ。
律儀に身元検めの列に並んだ美名だったが、まもなく、どこから現れたのか、武装した守衛手に囲まれた。
何かの誤解か、と捕り物を止めるよう訴える美名。
しかし、守衛手らは耳を貸さず、少女に槍を向けてきたのだ。
やむを得ず、美名は「
守衛手の輪を突破し、
そうして、今に至る。
「いたぞッ!」
さきほど会話が聴こえた側とは逆側、守衛手の影が叫んだ。
常時の美名であれば接近には気付けていたはずだが、今の彼女は寝る
「くっ?!」
迫りくる影とは反対側に美名は駆け出す。
「出てきたぞッ!」
「捕らえろ!」
裏路地から飛び出した先、表通りでも、さほど遠くないところに守衛手の白衣が散見された。
薄暮れかけた通り。
美名は人影のない方へ、その小柄な身を急転回させた。
「待てぇっ!
(……咎人?)
背後で恫喝する守衛手の言葉に、美名は耳を疑う。
「なんで……、なんで私が咎人ッ?!」
「主都を騒がし、この津絹をも騒がせようというのか!」
謂れのない罪に歯噛みし、美名は駆ける。
だが、疲れもあり、町のつくりも知らないがため、後続を振り切ることは適わない。
やがて、美名は袋小路に行き当たった。
「……ッ!」
「手間取らせて……」
直後、三人の守衛手が袋小路の出口を塞ぐように立ちはだかる。
「おとなしく捕まるんだ……」
じりじりと迫る、槍の穂先。
両側は石造りの二階建て人家。背後は、これも石造りの町囲い。
地に足をつけている限り、美名にはもう、逃げ場はない。
(「
「奪地」とは、美名が名づけた「重みを奪う」
これで自身の「重み」を奪えば、飛翔することができ、この場から脱することが
しかし、すでに美名は、「『ワ行・奪地』は危険である」と認識していた。
それは、美名が「神世」から帰ってすぐのことだった。
「自らの『重み』を奪い、『嵩ね刀』を振るうこと」。
それが「神世」と居坂を行き来する
しかし、神世
いくら刀を振ろうが、無駄だった。
そのことにも困惑した美名だったが、それ以上に、自らに訪れたあまりに急激な疲労と不調にも当惑した。
ただの十数回、重みを奪ったままに刀を振っただけである。なのに、あまりに頭痛がひどく、鼻血が止まらず、視界は
そこに至り、美名は「奪地」が
「この劫奪術は、短い間ならまだしも、継続的な行使では人体に害を及ぼす」。
ゆえに美名は、福城を目指すのに「奪地」を使わず、真っ当な移動をしてきたのだ。
「大門のときとは違って、おとなしくなってくれたな……」
「観念したか……?」
次第に増えていった槍先は、少女に向けられたまま、あと数歩にまで迫っている。
にじりよる切先の群れを見つめながら、美名はひとつ、
(……飛ぶしかない!)
少女が意志を固めたときだった。
美名の視界は不意に上昇した。
守衛手らの影から一転、目の前の景色が、夕焼けに染められる津絹の町、そして、大海の波頭の煌めきへと変わっていったのだ。
空にいる。
飛んでいる。
自ら「奪地」を行使したわけではない。その直前だった。
何かに脇を抱えられ、身が浮かんだのだ。
「美名ッ!」
少女が振り向くと、そこにはふたりいた。
夕光りを受けてもなお、黒髪と瞳の
白髭豊かに、
「
「無事か?!」
魔名術で浮かぶ
身を絨毯へと移してもらった美名は、「ありがとう」と言って目を潤ます。
「……行くぞい?」
「頼む、
呆気にとられて見上げるだけの守衛手らを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます