ネコの決意と司教の正中 2

から、残りの頼りは『劫奪こうだつ』か……」


 二間ふたまある「六十五番目の部屋」での休息。

 見張り組であるクミとニクラ、休む組であるフクシロとニクリとに分かれてすぐ、ネコの目の前で少女が呟いた。


「ちょっと。それ、マッチョニクラを笑った仕返し?」

「そう受け取ってもらって構わないよ。そして、この仕返しは、機があるごとに、絶えることなく続くよ」

「ホント、性悪ね……」


 隣の即席の就寝室では、暗闇の中、ふたりのやりとりにクスクスと笑う声。


「でも、『ワ行』のヒトなんてキョライさん以外いないのん」


 ついには、間口まぐち越しに混ざってくる。


「やっぱり、ゼダンさんを倒すのはリィの出番だのん」

「あ、リィ大師は御存知ないのですね。ワ行の魔名のともがらはおられます。美名さんが『』の魔名です」

「『皆さん』……? あぁ、クミちんの仲良しさんの?」


 やすむ部屋側でも会話。

 結局、皆、起きている。

 「休みましょう」と先導したはずの教主の声もどこか楽し気である。


(結果は散々とはいえ、「変理へんり」がひとつ落ちついたおかげだからか、ピクニック的な、修学旅行的な気分なのね。寝るのが惜しい、みたいな?)


 少し呆れ、少し微笑ましく思いながら、「司教に剣を向けてた女の子が美名よ」とクミは言った。


「そうそう! カッコよくて、ビューンって飛んでたのん! きっとリィ、美名ちんとも仲良くなれるのん!」

「キョライさんの詳細は不明ですが、おそらく、魔名教会の正式な名づけのもとでは初めてなのではないでしょうか。思えば、この機に美名さんが『劫奪』の魔名をご拝名はいめいされたことは、神がもたらした奇跡だったのかもしれません」


 「でもねぇ」とクミの嘆息たんそくが見張り部屋に響く。


「『劫奪』って、これまでを考えるとブキミなんですよねぇ。あんまり、美名には使ってほしくないなぁ……」


 クミが把握している、美名が行使した劫奪術は「奪感だっかん」と「重みを奪う術」のふたつ。

 どちらも不明確で不穏である。前者は、一時的とはいえ、自らの感覚を損なうという危険をはらむ。後者に至っては、明らかに美名の体に変調をきたしていた。加えて、明良あきらの奪われた魔名の件もある。

 クミが持つ「ワ行劫奪」の印象はよくない。


「それは、ブキミな魔名術に負けた私への当てつけ?」

「そう受け取ってもらって構わないわ」


 言い合うふたりにはまた、暗い部屋からの笑い声。

 それが落ち着くと、「ですが」といくらか沈んだ調子でフクシロが続ける。


「美名さんに頼るほかない現状は口惜しいばかりです……」

「私もね……。ちょっとあの娘にはね……。『劫奪』以外なら、あとは『心をくじく』、か……」


 ニクラの呟きを「ン?」と聞きとがめたクミ。


「それ、何? 『心を挫く』?」


 手でもてあそんでいた小さな炭石すみいし焚火たきびにポンと放り込み、ニクラは口を尖らす。


「キョライが消え際にほざいていったのよ。『力で敵わなくても司教に勝てるかもしれない方策』、『相手の心、正中せいちゅうを砕く』なんて妄言を……」

「相手の心? 司教の狙い、目的をぶっこわすってことかしら? キョライさんも遠回しに言うヒトよね……。どっかの少年みたい」

「司教の狙い……」


 思案するような声音に引きられてきた沈黙。

 しばらくして、「為し得るかもしれません」と、フクシロのささやきが響いた。


「為し得る……。何をです、フクシロ様?」

「もしも、此度このたび叛逆はんぎゃく、司教ゼダンの目論見もくろみが『魔名教の簒奪さんだつ』や、別の、のものにあるならば、美名さんに頼りきらなくても司教を打ち負かすことができるやもしれません」

「どういうコトです?」


 きぬれの音がしたかと思うと、暗色の室より金髪の少女が出て来る。

 次いで、波導の少女大師も寝網から下りて出てきた。

 つまるところ、少女らは火を囲み直したわけである。


「何のコトを言ってたの? フクシロ……」


 ニクラの問いかけに凛然りんぜんとした目線を返し、「はい」とフクシロは頷く。


「司教の正中を砕くのです。彼の目論見が『魔名教』や『現状の居坂いさか』に基づいたものにあるなら、それが一切、瓦解がかいするやもしれない……」

「そんな手があるなら、今度こそ一発逆転だのん!」


 活気づくニクリに、フクシロは首を振る。


「正直に申しますと不安です。ここで口に出してよいものか、真実、そのような効を為すか、不安極まりないです。私の経験も乏しい。ですが、いずれは必ず、と考えていたことです。ニクラさんやキョライさんの話も頂けて、私の中で少しずつ形が見えてきたものです」

「司教の目的を潰す……、策がですか?」

「いえ。策ではなく、私の理念です」


 それからフクシロは、「彼女の理念」を語った。

 それは、彼女自身が自覚しているとおり、いまおぼろげで、不明瞭なものであった。

 しかし、純然なである双生そうせいの姉妹は――。


「それ……。そんなの……」

「よく判らないけど、なんだかスゴいのん……」


 その「理念」が司教を倒し得るかなどは差し置いて、ただ震えた。

 その震えは、「フクシロの理念」が居坂の埒外らちがいであることを物語る。

 だが――。


「『よく判らない』……ですか……」


 フクシロ本人は、ニクリが漏らした感想に沈んでしまった。

 しかし、すぐ横で何やら思案していたネコは、「キャッチフレーズね」と得意気に言う。


「かっちふ……れえず……?」

「未練は断ち切るなんて言ったそばから『神世かみよの経験』を持ち出すけど、『考え』や『理念』を簡単に理解してもらう、広めるには、判り易い端的な言葉、『キャッチフレーズ』が効果的よ」

「だからその、きゃっちふ、れえずって何なの、クミ」

「『キャッチ』と『フレーズ』で切るの……、ってそれはどうでもいいか。私も詳しくは知らないけど、『神世』には、『人民の、人民による、人民のための政治』っていう言葉があるわ。どう? この短い文だけで、何を伝えたいのかすぐに判るし、すごく印象に残ると思わない?」

「君主や議会でなく、人々すべてが主体の……」


 「そうそう」とネコは嬉しそうに頷く。


「フクシロ様の想いは素晴らしいと思う。素敵だと思う。でも、その素晴らしさが伝わらないと意味がないわ。もちろん、『司教の正中を砕く』こともできない。何か、ズバッと皆の心を掴むような、『これだ!』っていうフレーズがあるといいかもしれない」

「ふれえず……」


 陽気に喋っていたクミだったが、「でも」と声の調子を落とす。


「モモ大師になったつもりじゃないけど……、覚悟が要りますよ?」

「覚悟……」


 少し不安気な目になったフクシロに、「はい」とクミが頷く。


「フクシロ様の理念を皆に伝えてしまえば、それはもう、私たちだけの、寝る前のおしゃべりじゃなく、『教主フクシロの言葉』になります」

「……」

「その『教主フクシロの言葉』は、たぶん、ちょっとでも間違って伝わってしまえば、司教だけじゃなく、『解放党』だけじゃなく、居坂に争いや戦争を呼び起こすことになりかねない。そんな気がします。それを覚悟して、よく考えなきゃいけない……」

「……覚悟でしたら、済んでおります」


 ひとつ瞬きをしたフクシロは、力強く頷く。

 クミはその姿に、思ったよりも早く、思ったよりも強く、少女が大成したのだと悟った。


「その覚悟はすでに、あの『内証ないしょうしつ』で為し終えています。私は、フクシロとして、自らの発言と行動の責をまっとうする心積もりです」


 クミも、大成した少女に頷き返す。


「でも、どうするの?」


 言葉をはさんだのはニクラ。


「フクシロの言葉を皆に伝えるって言っても、手立てが……」

「あるじゃない。手立ては」


 即答したクミは、だいだい髪の少女に向かい、前肢まえあしを上げる。


「何、何? その手……?」

「居坂のヒトたちに広く、一斉に伝える方法は、司教が示してくれたわ。しかも、たぶん、その面でも司教よりいいモノができるかもしれない……」

「いいモノ……?」


 首を傾げる少女らに誇るように、ネコは器用にも後ろあしだけで立ち上がると、片肢を腰に、もう片肢を空に突き出し、叫ぶ。


「目には目を、歯には歯を、ラジオ放送にはテレビ放送よ!」


 得意気に言い放ったクミだが、「ラジオ」も「テレビ」も、その言い回しさえも聞き慣れない一同は唖然あぜんとするばかり。


「……断ち切るだなんて言って、クミ。『神世』に未練しきりじゃない……」

「えへへ……。そうかな?」


 元の四つ足の態勢に戻ると、クミはポリポリと耳のうらを掻いた。


 ニクラの考えでいえば、司教に対抗するための「次の矢」。

 少女らは、「魔名奪い」とは別に、「教主の理念」と「テレビ放送」を「次の矢」にしてみては、と考えはじめることにした。

 だが、いずれにせよ、この方策でも塔を脱出することが第一であることには変わりがない。明良を連れて戻ってくるはずのタイバ識者大師と落ち合う地点に急がねばならない。そのため、休まねばならない。

 少女らとネコがそれぞれ、様々に体を動かし、様々に頭を回し、様々に心根を伸ばした今日という日。

 見張り役を交代しながら、今度こそ惜しむことなく、彼女らは深く眠った。

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