ネコの決意と司教の正中 2
「クミがしくじったから、残りの頼りは『
見張り組であるクミとニクラ、休む組であるフクシロとニクリとに分かれてすぐ、ネコの目の前で少女が呟いた。
「ちょっと。それ、マッチョニクラを笑った仕返し?」
「そう受け取ってもらって構わないよ。そして、この仕返しは、機があるごとに、絶えることなく続くよ」
「ホント、性悪ね……」
隣の即席の就寝室では、暗闇の中、ふたりのやりとりにクスクスと笑う声。
「でも、『ワ行』のヒトなんてキョライさん以外いないのん」
ついには、
「やっぱり、ゼダンさんを倒すのはリィの出番だのん」
「あ、リィ大師は御存知ないのですね。ワ行の魔名の
「『皆さん』……? あぁ、クミちんの仲良しさんの?」
結局、皆、起きている。
「休みましょう」と先導したはずの教主の声もどこか楽し気である。
(結果は散々とはいえ、「
少し呆れ、少し微笑ましく思いながら、「司教に剣を向けてた女の子が美名よ」とクミは言った。
「そうそう! カッコよくて、ビューンって飛んでたのん! きっとリィ、美名ちんとも仲良くなれるのん!」
「キョライさんの詳細は不明ですが、おそらく、魔名教会の正式な名づけの
「でもねぇ」とクミの
「『劫奪』って、これまでを考えるとブキミなんですよねぇ。あんまり、美名には使ってほしくないなぁ……」
クミが把握している、美名が行使した劫奪術は「
どちらも不明確で不穏である。前者は、一時的とはいえ、自らの感覚を損なうという危険を
クミが持つ「ワ行劫奪」の印象はよくない。
「それは、ブキミな魔名術に負けた私への当てつけ?」
「そう受け取ってもらって構わないわ」
言い合うふたりにはまた、暗い部屋からの笑い声。
それが落ち着くと、「ですが」といくらか沈んだ調子でフクシロが続ける。
「美名さんに頼るほかない現状は口惜しいばかりです……」
「私もね……。ちょっとあの娘にはね……。『劫奪』以外なら、あとは『心を
ニクラの呟きを「ン?」と聞き
「それ、何? 『心を挫く』?」
手で
「キョライが消え際にほざいていったのよ。『力で敵わなくても司教に勝てるかもしれない方策』、『相手の心、
「相手の心? 司教の狙い、目的をぶっこわすってことかしら? キョライさんも遠回しに言うヒトよね……。どっかの少年みたい」
「司教の狙い……」
思案するような声音に引き
しばらくして、「為し得るかもしれません」と、フクシロの
「為し得る……。何をです、フクシロ様?」
「もしも、
「どういうコトです?」
次いで、波導の少女大師も寝網から下りて出てきた。
つまるところ、少女らは火を囲み直したわけである。
「何のコトを言ってたの? フクシロ……」
ニクラの問いかけに
「司教の正中を砕くのです。彼の目論見が『魔名教』や『現状の
「そんな手があるなら、今度こそ一発逆転だのん!」
活気づくニクリに、フクシロは首を振る。
「正直に申しますと不安です。ここで口に出してよいものか、真実、そのような効を為すか、不安極まりないです。私の経験も乏しい。ですが、いずれは必ず、と考えていたことです。ニクラさんやキョライさんの話も頂けて、私の中で少しずつ形が見えてきたものです」
「司教の目的を潰す……、策がですか?」
「いえ。策ではなく、私の理念です」
それからフクシロは、「彼女の理念」を語った。
それは、彼女自身が自覚しているとおり、
しかし、純然な居坂のヒトである
「それ……。そんなの……」
「よく判らないけど、なんだかスゴいのん……」
その「理念」が司教を倒し得るかなどは差し置いて、ただ震えた。
その震えは、「フクシロの理念」が居坂の
だが――。
「『よく判らない』……ですか……」
フクシロ本人は、ニクリが漏らした感想に沈んでしまった。
しかし、すぐ横で何やら思案していたネコは、「キャッチフレーズね」と得意気に言う。
「かっちふ……れえず……?」
「未練は断ち切るなんて言ったそばから『
「だからその、きゃっちふ、れえずって何なの、クミ」
「『キャッチ』と『フレーズ』で切るの……、ってそれはどうでもいいか。私も詳しくは知らないけど、『神世』には、『人民の、人民による、人民のための政治』っていう言葉があるわ。どう? この短い文だけで、何を伝えたいのかすぐに判るし、すごく印象に残ると思わない?」
「君主や議会でなく、人々すべてが主体の……」
「そうそう」とネコは嬉しそうに頷く。
「フクシロ様の想いは素晴らしいと思う。素敵だと思う。でも、その素晴らしさが伝わらないと意味がないわ。もちろん、『司教の正中を砕く』こともできない。何か、ズバッと皆の心を掴むような、『これだ!』っていうフレーズがあるといいかもしれない」
「ふれえず……」
陽気に喋っていたクミだったが、「でも」と声の調子を落とす。
「モモ大師になったつもりじゃないけど……、覚悟が要りますよ?」
「覚悟……」
少し不安気な目になったフクシロに、「はい」とクミが頷く。
「フクシロ様の理念を皆に伝えてしまえば、それはもう、私たちだけの、寝る前のおしゃべりじゃなく、『教主フクシロの言葉』になります」
「……」
「その『教主フクシロの言葉』は、たぶん、ちょっとでも間違って伝わってしまえば、司教だけじゃなく、『解放党』だけじゃなく、居坂に争いや戦争を呼び起こすことになりかねない。そんな気がします。それを覚悟して、よく考えなきゃいけない……」
「……覚悟でしたら、済んでおります」
ひとつ瞬きをしたフクシロは、力強く頷く。
クミはその姿に、思ったよりも早く、思ったよりも強く、少女が大成したのだと悟った。
「その覚悟はすでに、あの『
クミも、大成した少女に頷き返す。
「でも、どうするの?」
言葉を
「フクシロの言葉を皆に伝えるって言っても、手立てが……」
「あるじゃない。手立ては」
即答したクミは、
「何、何? その手……?」
「居坂のヒトたちに広く、一斉に伝える方法は、司教が示してくれたわ。しかも、たぶん、その面でも司教よりいいモノができるかもしれない……」
「いいモノ……?」
首を傾げる少女らに誇るように、ネコは器用にも後ろ
「目には目を、歯には歯を、ラジオ放送にはテレビ放送よ!」
得意気に言い放ったクミだが、「ラジオ」も「テレビ」も、その言い回しさえも聞き慣れない一同は
「……断ち切るだなんて言って、クミ。『神世』に未練しきりじゃない……」
「えへへ……。そうかな?」
元の四つ足の態勢に戻ると、クミはポリポリと耳のうらを掻いた。
ニクラの考えでいえば、司教に対抗するための「次の矢」。
少女らは、「魔名奪い」とは別に、「教主の理念」と「テレビ放送」を「次の矢」にしてみては、と考えはじめることにした。
だが、いずれにせよ、この方策でも塔を脱出することが第一であることには変わりがない。明良を連れて戻ってくるはずのタイバ識者大師と落ち合う地点に急がねばならない。そのため、休まねばならない。
少女らとネコがそれぞれ、様々に体を動かし、様々に頭を回し、様々に心根を伸ばした今日という日。
見張り役を交代しながら、今度こそ惜しむことなく、彼女らは深く眠った。
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