天咲塔の三日目と大樹 3

「樹の襲撃……。あれは、『使役しえき』されてるものなの?」


 植物が動いたということに「タ行使役」を連想して呟くニクラ。

 ゆっくりと立ち上がりながら、キョライは「いえ」と否定する。


「あれは……、『使役』ではありません。。あの大樹自らの意志で動き、クミさんを捕え、私を打ったのです」

「でも、植物が勝手に動くわけが!」

滑壺花かっつぼかという植物をご存知ですか。指ほどの大きさの壺のような形の花弁に羽虫を捕らえ、栄養とする植物です。餌を逃がさぬため、蓋をするような動きをするのですが、なかなかに俊敏ですよ」


 喉をコクリと鳴らして、ニクラは黒い大樹を睨みつける。


「アレが、その『滑壺花』だとでも言うの……?」

「規模も早さも、とても比較できるものではないですが……」

「では、どうすればクミ様を……」


 おののく三人を尻目に、崖際に立つニクリ波導大師は、樹に向け、平手を掲げる。


「倒せばいいのん」

「ニクリ……」

「キョライさん! 倒したらすぐ、クミちんを助けてほしいのん!」

「……お任せください」


 応じる声の直後、ニクラ大師の平手に雷光の兆候が走った。


「ラ行・雷砲らいほうッ!」


 波導はどうのひとつの型、かみなりの力を意のままに呼び込む「雷電らいでん」。その威力はすべての魔名術において最も高いとされる。そして、「雷電」でも最高規模の魔名術が「雷砲」。

 一同がいる穴の出口を遥かに上回る規模の雷撃が華奢な平手から放たれた。

 縦穴を揺るがす轟音。

 大師の後ろの者らが転びそうになるほどの衝撃。

 雷の巨砲は黒い大樹を襲い行く。

 「妹の全力の「雷電」は大穴を開ける」。

 衝撃に耐えながら、ニクラはそう確信していた。むしろ、塔自体の破壊にまで及ばないか、心配したほどである。

 華やかなほどの雷光の煌めき。

 耳をつんざく落雷音。

 だが、数瞬のち、それらが鎮まった光景に少女らは仰天した。


「き、効いてないッ?!」


 居坂の最高威力を浴び、なお大樹は健在であった。

 こうがまったくなかったわけではない。

 黒い「表皮」のようなものが消失し、幹の樹皮が露わになったものの、樹そのものには大穴どころか傷ひとつついていない。クミの囚われの姿もそのままである。


「こんな馬鹿なこと……。ニクリの『雷電』が……」


 呆然とする一同が見ているあいだ、剥がれたはずの黒い「表皮」が瞬時にして修復された。

 その有り様で黒い「表皮」の正体が知れた。


「『コウモリ』ですね……」

「あのアヤカムが樹にへばりついてるの?」


 縦穴の上からか、下からか、あるいはその両方。どこからともなく姿を現した「コウモリ」が樹皮に次々ととりついていったのだ。

 それが「表皮」の正体。

 「コウモリ」こそ、黒い塔の外壁。


「なるほど……。『コウモリ』の『餌』はあの樹だったのですね」


 ひとり、得心がいった様子のキョライ。


「『コウモリ』はあの鋭敏な歯を突き立て、大樹から樹液を摂取し、栄養源としているのでしょう。一方、大樹側は自らを守る壁としてアヤカムらを利用している。それがため、『コウモリ』の壁でニクリさんの渾身の『雷電』が霧散された……。この閉ざされた塔の中、永らく培われてきた、二種だけの共生の形……」


 キョライの推測の直後、『コウモリ』の群れが一同の眼前に現れる。

 「共生の形」に紛れ込んできた異物に気付いたのか、明らかに少女らに向かい、襲い来る――。


「クソッ! ラ行・音射おんしゃッ!」


 咄嗟にニクラが「超音波」を放つ。

 それで「コウモリ」は縦穴の深淵に落ちていくものの、大挙する襲来は絶えない。


「ニクラさん、樹の『コウモリ』も落とせますか?!」

「も、もうムリよ! これで全力! 飛んでくる『コウモリ』は惑わせられる! けど、どういうわけだか、樹に張り付いてるのまでは届かない!」

「樹の近くの『コウモリ』には『超音波』も効果なし……ですか」


 少し間を置いたキョライは、つとニクリに顔を向ける。


「ニクリさん。連続で先ほどの『雷砲』を放てますか?」


 愛らしいおもての眉根を寄せ、ニクリ大師は男に面と向かった。

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