天咲塔の三日目と大樹 2

「キョライ! クミに何したの?!」


 詰め寄るニクラに首を振るキョライ。


「私ではありません。何かしらによって、クミさんが穴の奥に連れていかれました」

「連れていかれたって、どういうコトだのん! 『コウモリ』なのん?!」

「違います。あまりにあっという間でしたので、よくは判りませんでした」


 「よく判らない何か」。

 男の言いように、少女らの頭には「混沌」という二文字が浮かぶ。

 しかし、心中の神々の敵を追いやるように頭を振ると、ニクリ波導はどう大師は松明たいまつを放り投げた。穴の前で仁王立ち、両の手をかざす。


「ニクリ! 『雷電らいでん』じゃ部屋が崩れるよ!」

「そんなの気にしてるトキじゃないのん! クミちんを助けないと!」


 ヒトの頭ほどの大きさしかない穴。当然、このままでは長身のキョライはおろか、少女らも通り抜けることはできない。

 「雷電」で拡げるべく、魔名術の光をともらせはじめたニクリ大師。

 だが、彼女の目の前で穴は瞬間に


「んの?!」

「ニクラさんの仰るとおりです。追うのであれば、このとおり、


 去来きょらい術の使い手に何か言いたげに一瞥いちべつをくれたニクリだったが、頭の両脇、ふたつにまとめた髪を振ると、穴の中へと駆けこんでいった。


「勝手に行くんじゃない! ニクリ!」

「私たちも行きましょう」


 小さなネコと波導の大師。

 ふたりを追い、残る者らも穴の中へと身を飛び込ませていく。


 歩数にして十数歩。

 その程度の長さだが、果てなく感じた先、三人はニクリの後ろ姿を捉えた。

 華奢な大師の向こうは暗闇。

 何かに戸惑うように少女大師は立ちすくんでいるのである。


「ニクリ!」

「リィ大師、どうされたのです?!」

「壁が塞いででもいるか……?」


 妹を追い越そうとした姉ニクラだったが、「危ないのん!」と肩を掴まれたことでその足が止まった。

 ニクリの叫びが遠大に木霊こだまする。

 ニクラの足元には深淵が潜む。

 少女大師が立ち止まっていた理由は、から。

 ニクラが踏みとどまったのは切り立った崖のきわ。底が知れず、天井も見えない、巨大な縦穴の間際であったのだ。


「これが……、塔の中心?」

「上も下も果てが見えないですね……」

「クミ様は?!」


 ニクリは縦穴の中心に向かって指を差す。

 ニクラは手に持った松明を掲げる。

 一同の視界の先、巨大な縦穴の中央にはこれもまた巨大な、黒い塔のようなものがあり、やはり上下の先が見えなかった。まるで、「天咲塔」の内部にもうひとつ、この黒い塔が建てられているかのようである。

 そして、ニクリが指し示したところ。

 その塔から伸びた「何か」にがんじがらめにされ、項垂うなだれるネコの姿が灯明とうみょうに浮かんでいた。


「クミ様ぁッ!」


 少女らの当惑の只中、即座に動いた者があった。


「キョライさん?!」

「いつの間に!」


 去来の術者は少女らの傍から姿を消し、ネコが吊るし持たれているかのような空中にその身を出現させたのだ。


「クミさん!」

「……んっ」


 目をつむり、呼び掛けにうなされるネコ。

 落ち始めながらも手を伸ばすキョライ。

 だが――。


バチンッ


「……ぅッ?!」

「キョライ!」


 「黒い塔」から伸びた「何か」が、俊敏な鞭のごとく男の体を跳ね飛ばした。

 飛ばされるキョライの体。

 縦穴の内壁にぶつかるかと思われた間際、またも男の姿は消え、少女らの傍らに出現する。


「グッ、うッ……!」

「キョライさん!」

「何よ、今の……」


 殴打を受けた脇腹を抑えつつ、うずくまるようなキョライは「です」と答えた。


「樹……?」

「打たれる瞬間、判りました。私を襲った『何か』には樹皮があり、布越しでも判るほどの木の香りが辺りに散った。あれは枝です。あの『黒い塔』のようなモノは、大きな樹です」

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