天咲塔の三日目と大樹 4

「……どういうコトだのん?」

「まず、先ほどと同じ『雷砲らいほう』を放ちます。一瞬ではありますが、『コウモリ』が霧散し、樹皮が現れるのは先例のとおりです」


 波導はどうの少女大師はこくんと頷く。


「その一瞬を狙い、もう一発の『雷砲』を放つのです。初めて目の当たりにしましたが、ニクリさんの『雷電らいでん』の威力は聞きしに勝る、居坂いさかに比類なきものです。『コウモリ』の壁さえなければ、まず間違いなく樹を貫ける」


 ニクリは一瞬だけ顔を晴れさせたが、すぐに思案顔に戻ってしまった。


「やはり、連発は無理ですか?」


 キョライの問いかけに首を振るニクリ。


「連発はできるけど、少し時間が要ると思うのん。さっきのカンジだと、おっきい樹に二回目を当てるのは間に合わないかもしれないのん。それに、短いあいだの連発なんてやったことないし、集中と気力が……」


 吐露とろした弱音を「でも」と振り切り、ニクリはふたたび魔名術の構えをとった。


「やるしかないのん……。クミちんを助けられるのはリィだけだのん。リィのありったけ、見せてやるのん!」


 少女の意気に、覆い布の下、キョライは口元を緩ませたようだった。


「助力となる案があります」

「……助力?」

「一発目の直後、私の『何処いずこか』でニクリさんが瞬間に移動し、大樹に接近します。これで実質、一発目と二発目の差分を縮めることができる」


 ニクリらの横穴から樹まで、距離にして数十歩ほどは開いている。

 「雷電」の速度はまさしく落雷のごとしとはいえ、発射から着弾までには刹那せつながある。時間差は可能な限り埋めるに越したことはない。


「ですがそれには、ニクリさんが私を信頼し、身を預ける必要が……」

「お願いするのん!」


 キョライの口元はまたも緩んでしまう。

 最初に「コウモリ」の襲撃に遭った際、あれほど嫌がっていた「『何処か』に入るコト」。だが、小さなネコのため、そのような逡巡しゅんじゅんなど一切忘れ去った少女の凛々しさ。

 そして――。


「ヤ行・鋭気えいき強化!」


 ふいに背後で上がった「ヤ行・他奮たふん」の詠唱。

 ニクリは自らに気力がみなぎっていくのを感じる。

 俗名にヤ行の魔名をもつ教主フクシロが魔名術をかけてきたのだ。


「若干で申し訳ありませんが、これでいくらかリィ大師のたすけとなるでしょうか……?」

「大助かりだのん!」

「やるなら早くやって!」


 ひとり、波導の「超音波」を放ち、「コウモリ」を墜とし続けていたニクラが言葉をはさむ。


「クミも私も、いつまでも元気でいられないんだから!」


 姉の怒鳴りつける声。

 最愛の姉が「頑張れ、リィ!」と付け加える声。

 双生そうせいの妹は頷く。


 ロ・ニクリ。

 屈託ない性根の少女。

 小さな仲間を助けたいという、真円しんえんのように美しい想い。

 波立つ想い。

 仲間に導かれ、少女の波が高まる――。


「初めのッ! 雷砲らいほおォッ!!」


 放たれる雷の砲。


「行きます!」

「のん!」


 初発の成果を見届けもせず、姿を消すニクリとキョライ。

 「はじめの雷砲」は黒い大樹に直撃し、「コウモリ」の壁を散らし消した。

 直後、露わになった樹皮を目前、空中に現れ出でただいだい髪の少女。

 突如現れた接近者を払い落そうと大樹の枝が迫るが、出現と同時、少女はすでに平手を構えていた――。


「次のッ! 雷砲らいほおォオォッ!!」


 放たれた次弾。

 雷鳴と轟音の発生とほぼ同時、塔全体が揺れるほどの衝撃と破壊音が轟いた。

 少女に迫り来ていた枝、そして、樹皮に取りつくため集まり出していた「コウモリ」も巻き込まれ、消失。

 守りの外壁が失われていた大樹には大穴が開けられた。向こう側が見えるほど、完全なる貫通――。


「まだだのん! キョライさん!」

「はい!」


 姿の見えないキョライの応じ声とともに、縦穴を落下し始めていたニクリの姿が消える。

 次に彼女が姿を現したのは、開けたばかりの大穴の内部うち、大樹の幹の中であった。

 片手を上に、もう片方を下に向けた立ち姿――。


「最後の! 雷槍らいそおッ!」


 上下に放たれる雷の槍。

 大樹を縦に貫く稲光いなびかり

 怪樹かいじゅの断末魔か、「バジバジ」と低く唸るようなきしみ音が上へ、下へと伝っていき――「雷電」の光とともに闇の中へ消え去っていった。


 大樹は絶命した。

 それを如実に示すかのよう、まとわりついていた「コウモリ」が一挙に、雪崩なだれになって剥がれ落ちていく。

 はじめて露わになる大樹の全容。

 松明たいまつの明かりで見える範囲だけでも、その様はまさしく「大きな樹」。

 天咲あまさきの塔の中心、縦穴の上下に拡がる闇は、その巨大すぎる残骸をいたむかのよう、しんと静まり返った。

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