天咲塔の二日目と未知のアヤカム 3

「んのぉぉん! ラ行・らいほ…‥」

「やめなよ、馬鹿リィ!」


 ニクリ大師が松明たいまつを放り投げ、両の腕をかかげたところ、ニクラは咄嗟に彼女の詠唱を止めた。


「『雷矢らいし』以上の『雷電らいでん』は、塔が……」

「でもぉ!」


 「雷電」で廊下の構造が破壊され、崩落することを危惧した姉。

 迫り来るアヤカムの不気味さにおののき、波導術を放ちたい妹。

 そこに、「放ってください」との声が姉妹のやりとりに割り込んだ。


「勝手なことを言うな!」

 

 ニクラは命じた男――キョライを睨みつける。


「ニクリの『雷電』を甘く見るんじゃない!」

「甘くなど見るものですか! 早く放て!」


 そうこうするに、「コウモリ」の大群の先頭はキョライの眼前に――。


「も、もも、もう、無理だのん! 雷槍らいそうッ!」


 しびれを切らしたロ・ニクリ。

 彼女の平手より、豪壮な雷の槍が発射される。

 「馬鹿!」と叫ぶニクラの声がかき消えるほどの轟音が廊下に響き渡った。


(廊下が崩れる!)


 妹の「雷槍」の威力が尋常でないことを熟知しているニクラは、頭を抱え込んだ。つられてクミもフクシロもその場で身を縮こませる。

 だが――。


「……あれ? 何ともない……?!」

「……リィ、ナイス!」


 「コウモリ」の群れをまるごと呑み込みつつ、廊下を流れていった「雷槍」はふいに消えた。

 アヤカムの遺骸さえ残されず、元のとおりの回廊。壁にも天上にも床にも、崩壊の気配など一切ない。


「ど、どういうコト……? ニクリ、壁を巻き込まないように上手く調整できたの?」

「無我夢中で全力だったのん!」

「……調整は私がしました」

「君が……?」


 ニクラはキョライに顔を向ける。


「……『何処いずこか』で?」

「はい」

「『雷槍』の撃滅範囲が壁や天井に及ばないよう、『何処か』で限定した?」

「はい」


 ニクリのちからを事もなげに扱い、それに得意にもならずに単調に答えるキョライに、よどむような反感の念をニクラは抱く。

 しかし、アヤカムの襲来を防げたのは事実。苦言をはさむ余地はない。

 せめてとばかり、ニクラは舌打ちを鳴らした。


「私にいてる場合じゃありませんよ」

「や、妬いてる? 私が?!」

「まだまだ来そうです」


 言われて、一同はふたたび前方に目を移した。

 先ほどと同様の数のうごめき――いや、それ以上の黒波が廊下の奥から迫り来ている。


「どんだけいるのよ……?」

「ニクリさん、放ち続けてください!」

「雷槍! 雷槍ッ!」


 少女の平手から次々に放たれる雷撃。

 一撃ごとに「コウモリ」の群れは綺麗さっぱり消失するが、またすぐにアヤカムの奔流ほんりゅうが廊下を埋めてやってくる。


「雷槍ッ! 雷槍ぉッ!」


 「雷電」の連発。

 「何処か」での範囲調整。

 間断なく続けられる迎撃――。

 

「……リィ大師とキョライさん、よき連携ですね」

「でも……、近づけさせてはいないけど……、キリがないわ……」


 クミの言葉のとおり、「コウモリ」の襲来が途切れる気配がない。

 むしろ、「雷電」で消失させるアヤカムの数が、ほんのわずか、徐々にではあるが減ってきているようであった。


「マズい……。いくらニクリでも、こんな短時間に『雷電』の連発は……」

「疲れてきたのぉん!! 雷槍ッ!」

 

 ニクリの弱音に「逃げますか?」と続いたのは、これも肩で息を吐きはじめたキョライである。


「……逃げるって、走って逃げられるの、コレ?!」

「『何処か』へ、です」


 雷光が廊下をほとばしっていく。

 初めのころの「雷電」は廊下の最奥まで見通しがきくほどに「コウモリ」を消失できていたが、今回はが数十はいる。


「私もいささか集中が難しくなりつつあります。このままではいずれ、『何処か』の精度にも支障をきたす。私たちが潰れるのが先か、『コウモリ』の殲滅が先か、塔が崩れるのが先か……。ならばいっそ、私の『何処か』に皆さんで身を隠して……」

「それはイヤだのん! 雷ッ槍ッ!」


 「雷電」を放ちながら拒否したニクリに「そうよ」と強く同調したのはニクラ。


「『何処か』に入るってことは、私たちの命運を君に完全に握られるってこと! そんなの、私も絶対にイヤよ!」

「リィ、ラァも! 今はそんな場合じゃ……」

「キャァッ?!」


 言い争う声のなか、一行の背後でふいに悲鳴が上がった。

 ギョッとして目を向けたクミは、フクシロがいたはずの場所に彼女の姿がなく、代わりに黒い人影があったことにさらに驚いた。


「えぇ?! フクシロ様ッ?!」

「あ、きゃ、いやぁ!」


 黒い人形ひとがた

 それは、「コウモリ」に隙間なくまとわりつかれたフクシロであった。

 うめき、叫びを上げ、顔も何も見えないほどにアヤカムに群がられ、苦しいのか、もがくように右往左往している。


「クッ! 後ろからも来てたかッ!」

「こんのぉ!」


 クミはフクシロに駆け寄ると、あしが届く範囲の「コウモリ」に片っ端から爪を立て、引きはがしていく。

 引きはがした「コウモリ」はネズミのような小ぶりな顔。体毛の中の牙は鋭く、垣間見えたフクシロの白肌には痛々しげな歯型が残る。


「なんなの、この『コウモリ』! フクシロ様ぁ!」

「私は……、構わず、皆さん! キョライさんの援けを!」

「クッソォおぉォッ!」


 叫ぶニクラも、フクシロに駆け寄っていた。

 片手に背負い袋、片手に松明。

 持っているモノを振り回し、フクシロに張り付く「コウモリ」をはたき落とすも、後方からの群れも多い。落としたそばから新たな「コウモリ」がフクシロにまとわりつく。

 どころか、アヤカムはクミとニクラにもとりつきはじめた。


「ニクラさんも! クミ様も! 私は放って……」

「馬鹿! ふざけろぉおぉ!」


 波導の少女の吠える声が、騒然の回廊に際立って鳴り響く。

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