天咲塔の二日目と未知のアヤカム 4

 「司教ゼダンに対抗できる『魔名奪いの術』を利用し、誰をも出し抜く」。

 つい先ほどまでそう考えていたはずのニクラ。

 だが、彼女の体は勝手に動いていた。

 魔名教を目の敵とするならば、決して相容れない相手である教主フクシロ。

 彼女にたかるアヤカムに向かい、片手の背負い袋、片手の松明たいまつ我武者羅がむしゃらに振り回していた。醜悪な姿のアヤカムを夢中で払い落としていた。

 ニクラの瞳には自ら知らず、涙が溜まっていた。


「ニクラさん! 私のことは!」

「クソッ! 寄るな! 寄るんじゃない!」


 「助けたい」という想いを自覚するニクラ。

 「なんて中途半端なんだ」と情けなくなるニクラ。


(でも、それでも! コイツは失わせない! 「出し抜く」なんて格好の悪いやり方じゃなくて! 私の旅路をまっとうするために! こんなアヤカムには奪わせない!!)


 勝気な少女の震える心。

 だが、心ではアヤカムを倒せない。


「クソォッ! こんなトコロでぇッ!」


 勝気な少女の嘆きいかる叫び。

 だが、言葉に出せば何かが変わる――。


「ラァッ!」


 足元、ニクラの叫びに応じるかのようなネコの声。


「音を出して! 『超音波』!」

「ちょうおんぱッ?!」


 聞き慣れない言葉を繰り返しながら、これも自ら知らず、ニクラは背負い袋をアヤカムにぶつけた勢いのままに放り投げ、


「『コウモリ』といえば『超音波』よ! 波導はどうで鳴らして!」

おん?! おとを鳴らしてどうにかなるの?!」

「知らない! でも、何かやらなきゃどうにもならない!」

「クッソォッ!」


 アヤカムがまとわりつきだしたニクラの腕。大きく揺さぶっても「コウモリ」は落ちない。

 ならば構うことはない。

 ニクラは高く突き上げた腕に気を通わす。「鳴らす」という意志を五指ごしの爪先まで伝わせる。

 波導の少女の平手が光る。


奏音そうおんッ!」


グゥウオウオォ……


 巨獣がうなるような波導の音が、「コウモリ」の羽音と「雷電らいでん」の轟音、いずれにも勝る音量で回廊に響いた。

 だが、事態に変化はない。

 どころか――。


「きゃぁ、痛いッ!」

「クミッ?!」

「噛まれたぁ!」


 小さなクミもまた、「コウモリ」に群がられ、黒い丸玉のようになってしまった。

 ニクラの腕や足にもチクリと刺すような痛みが与えられている。

 「雷電」と「何処いずこか」の連携で前方のアヤカムに付きっきりだったニクリとキョライのふたりにも、背後から「コウモリ」が飛びつきはじめた。

 状況は悪化の一途。


「言われたとおり鳴らしたわよ! でも! どうにもなってない!」

「違う!」


 黒玉から発せられる強いいさめ。


「これが『コウモリ』なら『超音波』を出してるはずなのよ! 『超音波』は私たちが聴こえる音じゃないの! よく聴いて! ラ行波導はどうのエキスパートなんでしょ!」

「アヤカムが出してる音?!」

「そう!」


 フクシロの「コウモリ」をはたき落とし、ネコの「コウモリ」を蹴り飛ばし、自らの「コウモリ」を振り払い、そうしながら、ニクラは「波導の耳」で探る。アヤカムが出しているという音を手繰り寄せる。

 そうして聴きつけた――。


キキッキッキキキ……


(これね! この「音域おんいき」にすごい数の鳴き声がある! 「超音波」は、この鳴き声の「音域」に合わせた音ね!)


 ロ・ニクラ。

 波導の才覚高い少女。

 ひと度、彼女の耳が聴きつけたのなら、その波導の平手が同質の音を奏でることは容易たやすい――。


「アヤカムども! 今度こそ聴きなさいッ! ラ行・音射おんしゃァッ!」


 少女の詠唱だったが、誰の耳にも「音」は聴こえない。

 しかし、成果は明白だった。

 一団に向かい、あれほど執拗に攻め立ててきていた「コウモリ」の群れ。それがボトボトと、いっせいに落ち出したのだ。

 フラフラとよろめき、壁や天井にぶつかり墜落するものも多い。

 キョライとニクリとは呆気に取られ、背後のニクラに振り向く。


「これは……、ニクラさんが?」

「……ラァがやってるのん?」


 クミとフクシロに群がっていた「コウモリ」も一気に剥がれ落ちていく。


「や、やったわね! ニクラぁ!」

「つ、ぅ、ニクラさん……」


 ニクラは腕を突き上げ、平手をかざしたままの姿。

 黒山の中に仁王立つ少女は荒く息を吐きながら、勝ち誇ってでもいるかのよう。

 事態は決した。

 「コウモリ」の群れは完全に無力化された。


「ラァ、さすがだのん!」

「そういうのいいから、早くコイツらを『雷電』で焼き殺すなり、『何処か』に放り込むなりして!」


 溜め込んでいた涙をひと筋だけ流し、ニクラは妹を怒鳴りつけた。

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