天咲塔の二日目と未知のアヤカム 1

 「天咲あまさき塔」攻略、二日目。 

 「客人まろうど変理へんり」を為す目的のクミらと「神代じんだい遺物いぶつ」を探し求めるキョライら一行は、下層への潜行を再開した。


 少女らは「『横部屋』の『七十二番目』に至れば引き返す」と取り決めたことをキョライには話さず、キョライの方でも「昨夜、魔名教司教ゼダンとの邂逅かいこうがあった」ことを告げずのなか、前日までと同様な沈黙を引きずって歩き続けている。

 だが、黙しながらも心中穏やかならぬ者があった。

 「」、ロ・ニクラである。

 ニクラは前を行くキョライの背を忌々しく盗み見る。


(コイツ、やっぱり信用してはいけないヤツ……)


 前夜での「見張り」役の際、ニクラは波導はどう術を用い、遠く離れた塔の入り口――山頂に対しても。特段の意図があって聴いていたわけではない。独断で、念のために気を向けていただけである。

 そこに、ふいに飛び込んできた男ふたりの会話。

 男のうちのひとりはコ・ゼダン。「烽火ほうか」の当夜まではニクラが深く心酔していた「恩人」。しかし、あっけなく手のひらを返し、苦境に追いやった張本人。

 もうひとりはキョライ。不審極まりない男。少しの気配も残さず、自身らの部屋の前を「何処いずこか」で行き過ぎていったのであろう去来きょらい術者。

 共に「見張り」当番であったクミに悟られぬよう平静を装い、盗聴を続けていたニクラは、会話の内容から、ふたりは旧知で協力関係にあったのだろうと推測した。

 他の者らを説き伏せるまでもなく、すぐにでもキョライを排除するか、この塔から逃げ出さなければならない。

 男らの語りが進むにつれ、その想いを強めていたロ・ニクラ。

 だが――。


(どういうわけだか、キョライは嘘をいて私たちをかばった……。それに、キョライはゼダンの仲間かと思ったけど、むしろ険悪そうな……)


 自分たちを庇ったことと、ニクラには気掛かりがあり、キョライの即時処置は考え直し、ふたりの密談のこともクミたちには話さないでいた。「様子見」と判断したのだ。


 さて、そうなると憂慮すべきことがひとつ生まれる。

 「キョライは盗聴に気付いていたか否か」。

 盗み聴き自体、悟られていないのには自信がある。

 だが、相手には「姉妹が波導の熟達」であることは知られており、「波導術者が遠くの音を拾える」ことは公然の事実である。盗聴されていたのではと疑う余地はおおいにあり――むしろ、そのことに思い巡らさないわけがないと確信できる。

 最悪の場合、相手は有無をいわさずに平手を向けてくるであろう。

 だが、二日目の開始時点、いつでも魔名術を放てるようにして訪れた「二十四番目の部屋」で、キョライは何もしてこなかった。少女らの顔を見るなり、目元を笑わせて「おはようございます」などと呑気に挨拶してきたものだ。

 再出発してからも、前日と同じでただ黙って前を歩いている。

 

 その姿にニクラは察しがいった。


(本当に「神代遺物」が目的なのかどうかは判らない。でも、キョライはその目的を遂げるまで、この茶番を続けていく気なのね……)


 不審極まりない男は自分たちを利用するだけ利用するつもりである。

 「ならば」とニクラは思う。


(コッチも利用してやる。コイツのは「ワ行劫奪こうだつ」……)


 ニクラがキョライへの処置を保留にしたもうひとつの理由。

 それは、キョライが会話のなかで口走っていた「司教の天敵」、「魔名を奪う」という言葉。

 キョライの真の魔名は「ハ行去来」ではなく「ワ行劫奪」であり、「魔名を奪う」術を持ち得ているというのは会話の内容からも明白である。

 「魔名を奪う」ことが本当に可能なのか、常人であれば疑いかかるような話ではあるが、そこは史上に類を見ない劫奪術者と対峙した経験を持つニクラ。「感覚を奪う」魔名術が存在するなら、「魔名を奪う」魔名術もあり得るだろう。なにより、劫奪者キョライは使

 「魔名を奪う」魔名術は在る。

 強大無比な司教ゼダンに抗する光明が確かにある。

 少女は「変理」が上手くいかなかった場合、これが「次の矢」になりうると考えていた。


(けど、コイツか誠心せいしんのあの、劫奪の使い手が必要になる……)


 ニクラの心中には二色にしきがみの少女の姿が思い出される。

 「ラ行・風韻ふういん」の「風」を浴びながら、自らの「聴覚」を奪い、迫り駆けてくる美名の姿が苦々しくも鮮明によみがえる。

 キョライと美名。

 ニクラにとってはどちらも気安い相手ではなく、「仲間」と呼ぶには怖気おぞけが走り、むしろ憎々しく感じるところがある。

 苦境を打開する鍵が自分ではなく、うとましく思うその者らであることに、ニクラが長年親しんできた感情のアヤカム――「そねみ」の尾っぽがうずいた。


(いずれにせよ、『魔名を奪う』詳細を聞き出し、は……)

 

 そこまで思って、ニクラは横にならぶニクリをチラと見た。


「ン? ラァ、どうかしたのん?」

「いや、なんでも……」


 言いながら、ニクラは背後のフクシロとクミも横目で盗み見るようにした。

 一行には沈黙しかないため、双生の姉妹のそのようなやりとりは目立つ。


「どうされました?」

「……なんでもないわ。喉が渇いたけど、水にも限りがあるしなって思っただけよ」

「そういうことでしたら我慢はよくありませんよ、ニクラさん」

「そうよ。気が付いたら手遅れなんてコトもあるんだから、飲んどきなさいな」

「……要らないわ」


 キョライの背中が「出しましょうか?」と言ってきた。


「残り少ないのでしたら、私の『何処いずこか』には飲み水の用意も豊富にありますよ?」

「……要らないって言ってるでしょ」


 ニクラの強い言葉で、一行にはふたたび沈黙が降りる。


はキョライを……、フクシロもクミもニクリも利用して、誰よりも優位を手に入れる……)


 ニクラは欺瞞ぎまんだらけのキョライの背中を見つめ、決意を固めるのだった。

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