天咲の塔と札囲いの男 4
「君、魔名は?」
不審な男を加えた一行は「
内部から見る限り、塔の造りは石材のよう。ところどころ損壊があり、崩れ落ちはしているものの、これまでのところは歩き進むのに支障はない。
去来の男を先頭に、底冷えする廊下を進む一団。
水を打った静けさが続いていたなか、ニクラが訊いたのだった。
「……私の魔名ですか?」
「こっちに振り返らないで」
言い
「君以外、誰の魔名を聞くっていうのよ」
「仰るとおりです。しかし、遺物を探し出すのにも外道じみたことを様々にしてきているものですから、魔名は隠させていただけますと……」
「やっぱりコイツ、油断ならない……」
(そんなふうに言えばひと悶着あるのは判りきってるんだから、偽名でもなんでも使えばいいのに……)
クミの心中を読んだとでもいうように、男は「魔名は
「私は、私の魔名を誇りに思います。
「フン。大層なことを……」
「それでなくとも、騙れば教主様の力で『真実』を見抜かれるやもしれませんね」
そうは言っても、男は視線を宙にさまよわせ、何か思案しているようだった。
「ですが……。必要あれば、キョライとでもお呼びください」
「キョライ……?」
「ハ行のこと……?」
暗がりの中、男はくつくつと笑う。
その背中がいかにも楽しそうに揺れた。
「物を隠され、慌てふためくヒトを
「チッ……。気色の悪いヤツ……」
それからまた一行は、沈黙のまま歩くだけとなった。
進む塔の内部は簡素。
一本道が続き、定間隔で下がり段が在る。道はどうやら微かに湾曲しているようであるから、「主塔」と似たような回廊昇降段なのであろう。
だが、規模は「主塔」より遥かに大きく、石壁に覆われた変わり映えのない暗闇は怖ろしく長い。
時折に現れるひとつの下がり段と、これも間隔が開いて現れる横道とが少女たちの安堵の息を誘うほど。
その横道とは、いずれも戸板はないものの、ひと間か、多くても三つほどが連なる部屋への入り口であった。
そうして内部屋が見つかるたび、念のためにと簡単に確認してきた一行。
律儀に数えていたのであろう、フクシロが「六つ目ですね」と告げた部屋でのこと。
「この部屋も特に何もなさそうだのん」
「もう無駄足でしかないから確認するのやめる? 遺物でもあれば、キョライさんが早く消えてくれていいんだけど」
チラと目線を流しながら嫌味を言ったニクラに、部屋の奥で背中を見せて屈みこんでいたキョライが「すみませんね」と答えた。
「お望みの遺物ではありませんが、嫌なものは見つけてしまいましたよ。明かりを頂けますか?」
「……嫌なもの?」
少女らとネコは少し距離をあけつつもキョライの背後に立ち、松明を高く掲げ、彼が眺め下ろしているものを見た。
部屋の壁に沿うように散乱したそれらは、一見すると白茶けたくず。棒状やら幅広なのや、破砕されたかのように粉々の
「何、コレ……?」
「骨ですね」
少女らとネコの血の気が引く。
「え……? もしかして、ヒトの骨なの……?」
「壊れようが酷く、だいぶ古くなっており判りませんが、私が見つけたのはむしろコレです」
怖じもせずに骨の一本を手にとると、キョライはそれを見せびらかすように少女たちへとかざし向けた。
「ひっ!」
「そんなの掴んでんじゃないわよ!」
「……見てください」
顔を背けつつも、少女らは男の右手がつまみ上げる骨に目を向けた。
その表面、不自然に削り取ったような筋がいくつも入っているのだ。
「え……。どういうコト?」
「むしゃぶりついた跡でしょうか。この骨についた肉を余すところなく食べようとしたのでしょうね。それも、なかなかに鋭い
少女らの顔が青ざめる。
フクシロは目に見えてふらついた。
「何それ、何それ、何それ、怖いんだけど!」
「……んのぉ……」
「この塔にアヤカムがいるの……?」
「さぁ、どうでしょう」と男は骨を元の場所に放ると、懐から布を取り出し、自らの右手をぎこちなく
「アヤカムか、あるいは惑う魂か。まっとうな生物がこのように閉鎖された場所で生き長らえることはできないでしょうが……。いずれにせよ、用心が要るかもしれません」
「……のぉおぉん!」
わなわなと震えていたニクリ大師が叫び出す。
クミもニクラもフクシロも、むしろその大声にビクリと身を震わせた。
「怪奇話、イヤだのぉん!」
「リィ大師!」
「あ、この! ニクリッ!」
松明を放り投げ、部屋から飛び出していったニクリを、ニクラとフクシロのふたりが後を追う。
残されたクミはしばらく呆気にとられたあと、おずおずと顔を上げた。
「あんまり脅かさないでよね」
「……すみません。そんな意図はなかったのですが」
恐縮する男を、クミは初めて間近で見た。
床に転がった明かりで照らし出されるキョライの
顔の下半分は覆い布に占められるが、そうでない部分――案外、涼やかな目元で柔らかな線の鼻梁をしていそうだな、とクミは思い――。
「……あれ? もしかして、キョライさんってメガネかけたりする?」
「……いえ? どうしてですか?」
「そこの、鼻筋の目頭のトコロ。ちょっとくぼんでるように見えたモンだから……。普段メガネかけてるとそうなっちゃうヒトもいるみたいなのよね」
もう一度「いえ」とキョライは首を振り、おもむろに腰を上げる。
暗闇でも目が利くクミではあるが、立ち上がったせいか、彼の顔色は見えづらくなった。
「メガネは前時代的な……、それこそ『遺物』です。
「う~ん……、そういえば、
「メガネ男子……?」
「あ、いや、なんでもないわ……」
男はニクリ大師が落としていった松明を拾い上げる。
「くぼみというのも、火の揺らめきでの錯覚か、単に生まれついてのものでしょう。このような面相ですから普段は鏡など覗き見ず、自分にそんなものがあるなど、今言われて初めて知ったくらいです」
「それは……、すみません……」
「いえ、構いません。さぁ、怯えさせてしまったご麗人たちのもとに参りましょう」
「うん」と先立っていったクミ。
飛び出していった少女たちはさほど遠くには行かず、部屋の入り口付近に
クミも出ていったあと、遺骨が無残な部屋でひとり佇むキョライは、顔の覆い布を静かに引き上げた。
(鏡を使わない限り、自ら見ることのできない
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