天咲の塔と札囲いの男 3
「フクシロ様……?」
「こんな、不審極まりないヤツと同行ですって……?」
「イヤだのん! リィはこのヒト、嫌いだのん!」
フクシロは青毛の男を見据えたまま、「いえ」と首を振る。
「断っても、この方はおそらく『
「それは……」
閉口する姉妹とネコ。
覆い布の上、男の目元には嬉々とした色が浮かんでいる。
教主の推察は当たっているようだった。
「それならばまだ、姿を見せてくれているほうが気も休まるものです」
「でも!」
「なら、この場で……」
「この方の命を断ちますか?」
毅然として顔を向けてきたフクシロに、
「この方の魔名を奪いますか?」
「……のん」
「私は、ただ疑いだけを
「だったら、拘束するなりしてここに……」
「同じことです。塔からいつ戻れるかも判らないなか、この荒廃の地にたとえ二、三日でも野ざらしでおけば命に関わりかねない。私にも判ります。ひとまず捕らえ、一旦山を下りるほどの余裕もない。一緒に行くしかありません。それに……」
男に顔を向け直すフクシロ。
凛然とした瞳に応じるように、男の目元からは笑みの気配が消えた。
「私たちを
「『真実の心』……?」
「はい。私たちに
「シロサマ、だからってこのヒトに援けられなんて……」
「塔への入り口が開いた今、すでに私たちは彼の魔名に援けられました」
「うっ」と閉口してしまったニクリに、「責めるつもりはないのです」と教主は付け加える。
「疑うのでなく、まずは
呆気にとられるクミだったが、ここで断っても男がついてくるであろうこと、彼を処置する
(でも……、それでもまだ……)
「布を取り、顔をお見せ下さい」
フクシロの強い言葉に、男は片眉を下げる。
「……損なっておりまして、ヒドイものですよ?」
「構いません。お見せ下さい」
言われて男は、おもむろに顔の覆い布を取り去った。
「……!」
申告どおり、男の
左の頬が削ぎ取られたようになっており、生皮がぬらりとした赤色で光る。口腔が露わになり、並ぶ白い歯との鮮烈な対比がおどろおどろしい。
出血がまったくないことから、その受傷は生来のものか、長いものであろう。
波導姉妹とクミは思わず目を背けてしまったが、フクシロだけは顔色ひとつ変えず、男の
「誓っていただけますか?」
「誓い……、ですか?」
「私たちに危害を加えることなく、道を阻むでもないこと、今この場にて誓ってください」
「……あなたがたを援けることは?」
「不要です」とフクシロは強く言う。
「もとより、あなたを
「……いいでしょう」
本来は頬があり、唇の結びがあるべきところ、開け放たれままの男の口腔が引き締まったようだった。
請われたわけでもないのに「
「教主様がたの
少女教主と宣誓者、ふたりは微動だにしない。
見守る波導の双生児が焦れてしまい、声を上げようとしたようやくになって、「拝聴しました」との短い答えがあった。
この一連、フクシロのいう「真実の心」をクミも感じ得た気分であった。
(なんでだか判らないけど、判る。怪しいのは怪しいんだけど、このヒト、宣誓のとおりで、私たちには悪いコトしてこない……。というか、それよりもっと違うモノを見てるカンジ……)
フクシロは男に覆いを戻すよう促すと、クミたちへと顔を向けた。
その顔からは双生の少女とネコを圧倒していた厳格さがすっかり抜けきっているようだった。
「皆様、独断ですみません。まだ異論あれば考え直しますが……」
「いいと思いますよ。フクシロ様」
「ぐぬぬぅ……。リィの失敗のせいだのん……。しょうがないのん!」
「時間が惜しいわ。その代わり、コイツを先に行かせるよ。少しでも不穏を感じたらいつでも平手を向ける」
ひとまずの落ち着きを見せた場。
わいわいとし始めた少女たちは、男が覆いの下、口角の両端を引き上げて微笑んでいることには気が付いていなかった――。
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