天咲の塔と札囲いの男 2
当然のこと、少女ら三人とネコにはその男が不気味であった。
遮るものはなく、身の隠しようもない荒涼の地において、直前まで周囲に動くものなどなかったのは確実。
そこに前触れなく、
(まさか、司教の……?)
「魔名教会からの追手と考えておられるのでしたら違いますよ」
「なんでそのこと、知ってるのん!」
男は目元を笑わせた。
「昨日の魔名教司教の『
「だったら余計……」
「『
男は笑う目元のまま、歩み寄ってくる。
相手がラ行波導の熟達と承知しておきながら、向けられる平手に怖じるような様子はまったくない。
「そうしないのは当然、狙いがあります」
「……狙い?」
「私は各地を流浪しては
「遺物……?」
男が頷く。
黙ったままのクミは思い出した。
山に宝物が隠されているとの伝説があり、以前は「天咲山」を登る者が後を絶たなかったという話――。
(じゃあ、このヒトも……?)
少女たちを行き過ぎると、男はさらに
「この『
男は『雷電』で荒れ果てた地面に健在の右の平手をかざし向ける。
「どうやらこの山には先が……、直下に進むべき道があるようですね」
男は「ハ行・収納」と魔名術を詠唱する。
すると、
「一度爆散して細かくなっていたから、単なる地面よりは消しやすい……」
(このヒト、ハ行
男は少女らを振り仰ぐ。
「『雷電』の甲斐はありましたよ。汚名などではない」
「ん、ぬぬぅ……」
「あなたがたの目的は遺物ではないのでしょう?」
少女らは答えない。
不審な男が去来術の使い手と判った今、ただ神経を尖らせている。少しでも不穏な動作をしたら、すぐにでも魔名術を放つと心構えている。
その警戒に、男は覆面の奥でふっと笑ったようだった。
「遺物が目的でないのなら私とは競合しません。『雷電』の不手際からすると、あなたがたもこの先には詳しくない様子」
「……君は、何が言いたいのかな?」
「先に進むにあたり、私を同行させてみませんか?」
「?!」
少女たちは一気に色めきだつ。
男は自らの左腕を上げると、自嘲するように札囲いの黒布を見下げる。
「この先は地下でしょう? このとおりなものですから、明かりを持つと手が塞がってしまい、
「じゃあ、入らなければ……」
呟いたニクラに男が目を向ける。
その視線には鬼気迫るものがあり、ニクラは少しだけ身をびくつかせた。
「失礼。私にその選択はありません。ですが、この先はまず間違いなく、ひとりよりも大勢の方がいい。やましい身の上である私にとって、逃亡の身のあなたがたは至極都合がいいのです。『雷電』を自在に使いこなす波導大師ほどの方がいるなら、なおさら……」
覆面は少女らを見渡し、「どうですか?」と再度聞く。
「仲間が多いに越したことないのはそちらも同じでしょう? 今のように、弱輩ながらも去来の魔名が役立つ場もありましょう」
男が言い終えると、山頂には
黒毛を風に揺らされながら、クミは心中でかぶりを振る。
(ダメ、ダメ……。他の時ならまだしも、今はとにかく、ダメ! このヒト、怪しすぎるわ!)
ネコの想いには波導の姉妹も同感のようで、彼女らの顔色は険しく、波導術がいつ放たれてもおかしくない緊迫の場。
だが――。
「承知しました」
それを無視するように答えたのは、教主フクシロだった。
波導姉妹とネコは唖然として彼女を見る。
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