天咲の塔と札囲いの男 2

 当然のこと、少女ら三人とネコにはその男が不気味であった。

 遮るものはなく、身の隠しようもない荒涼の地において、直前まで周囲に動くものなどなかったのは確実。

 そこに前触れなく、ふだがこいの男が現れたのである。


(まさか、司教の……?)


 固唾かたずを呑むクミの心中に答えるかのよう、「違います」との声が覆い布の向こうでこもった。


「魔名教会からの追手と考えておられるのでしたら違いますよ」

「なんでそのこと、知ってるのん!」


 男は目元を笑わせた。


「昨日の魔名教司教の『伝声でんせい』と先ほどの『雷電らいでん』を合わせて考えてみれば、あなたがたは魔名教教主様と波導はどう大師、福城ふくしろ守衛しゅえい手司しゅし、喋るアヤカム。そして、他の者がいないことから、今まさに逃亡の只中であろうと、そういう推察です」

「だったら余計……」

「『褒賞ほうしょう』とやら目あてで捕縛なり密告をしないのか、ですか?」


 男は笑う目元のまま、歩み寄ってくる。

 相手がラ行波導の熟達と承知しておきながら、向けられる平手に怖じるような様子はまったくない。


「そうしないのは当然、狙いがあります」

「……狙い?」

「私は各地を流浪しては神代じんだい遺物いぶつを発掘し、売り払い、そういう生活をしてる者でしてね」

「遺物……?」


 男が頷く。

 黙ったままのクミは思い出した。

 山に宝物が隠されているとの伝説があり、以前は「天咲山」を登る者が後を絶たなかったという話――。


(じゃあ、このヒトも……?)


 少女たちを行き過ぎると、男はさらにくだり、「天咲塔」の入り口がある窪地のきわに立った。


「この『天咲あまさき山』には遺物を探しにきています。ですが、くまなく探り歩いてみてもそれらしき気配がない。えてして、建造物遺跡や戦場跡地から遺物は見つかるものですが、そんなもの、この山には一切見当たらない。さて、どうしたものかとあぐねていたところにあなたがたが参られたものですから、失礼承知でしばらく様子を窺っていたのです」


 男は『雷電』で荒れ果てた地面に右の平手をかざし向ける。


「どうやらこの山には先が……、直下に進むべき道があるようですね」


 男は「ハ行・収納」と魔名術を詠唱する。

 すると、窪地くぼちの土砂ははじめからなかったかのようにスッと消え、代わりにポッカリと暗い口が現れた。


「一度爆散して細かくなっていたから、単なる地面よりは……」


(このヒト、ハ行去来きょらい……?)


 男は少女らを振り仰ぐ。


「『雷電』の甲斐はありましたよ。汚名などではない」

「ん、ぬぬぅ……」

「あなたがたの目的は遺物ではないのでしょう?」


 少女らは答えない。

 不審な男が去来術の使い手と判った今、ただ神経を尖らせている。少しでも不穏な動作をしたら、すぐにでも魔名術を放つと心構えている。

 その警戒に、男は覆面の奥でふっと笑ったようだった。


「遺物が目的でないのなら私とは競合しません。『雷電』の不手際からすると、あなたがたもこの先には詳しくない様子」

「……君は、何が言いたいのかな?」

「先に進むにあたり、私を同行させてみませんか?」

「?!」


 少女たちは一気に色めきだつ。

 男は自らの左腕を上げると、自嘲するように札囲いの黒布を見下げる。


「この先は地下でしょう? このとおりなものですから、明かりを持つと手が塞がってしまい、咄嗟とっさに魔名術も放てない」

「じゃあ、入らなければ……」


 呟いたニクラに男が目を向ける。

 その視線には鬼気迫るものがあり、ニクラは少しだけ身をびくつかせた。


「失礼。私にその選択はありません。ですが、この先はまず間違いなく、ひとりよりも大勢の方がいい。身の上である私にとって、逃亡の身のあなたがたは至極のです。『雷電』を自在に使いこなす波導大師ほどの方がいるなら、なおさら……」


 覆面は少女らを見渡し、「どうですか?」と再度聞く。


「仲間が多いに越したことないのはそちらも同じでしょう? 今のように、弱輩ながらも去来の魔名が役立つ場もありましょう」


 男が言い終えると、山頂には空風からかぜが吹き流れた。

 黒毛を風に揺らされながら、クミは心中でかぶりを振る。


(ダメ、ダメ……。他の時ならまだしも、今はとにかく、ダメ! このヒト、怪しすぎるわ!)


 ネコの想いには波導の姉妹も同感のようで、彼女らの顔色は険しく、波導術がいつ放たれてもおかしくない緊迫の場。

 だが――。


「承知しました」


 それを無視するように答えたのは、教主フクシロだった。

 波導姉妹とネコは唖然として彼女を見る。

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