天咲の塔と札囲いの男 1

「頂上からだとやっぱり格別ねえ。確か美名が『お宝の景色』だなんて言ってたと思うけど、判るわぁ~」

「ここからまた、ぴゅーんって飛び出したいのん!」


 本総ほんそう大陸最高峰の頂きに立った一同。

 眼前に迫るは日輪だけを抱え、際限なく延びる空。身よりも低いところ、群れて流れる白雲しらくも。その垣間かいまの奥、広がる緑。

 登頂の充足感もあり、心震える絶景であった。


「……惚けてる場合ではないでしょ」

「そうね。フクシロ様、『塔』への入り口ってどこなんです?」

「これだのん?」


 言いながら、ニクリ大師はすぐ近くの石碑せきひに近づいていく。

 見渡せば歴然ではあるのだが、碑はこの地が大陸の最高地点であることを示すもののようだった。「だった」というのは、山を登って来た者が為したのか、何かしらの災害でそうなったのか、損傷が激しく、斜めに傾き、表面に彫られていたであろう文字も『の地は』しか読めないためである。

 ヒトの背丈ひとり分ほどの高さで、周囲にはこれ以外、人工物らしきものは一切見当たらない。

 しかし、フクシロはかぶりを振った。


「この碑が目印ではありますが、違います。北はどちらになりますか?」


 「あっちよ」とニクラが指し示した方角に向いて、フクシロは歩き出す。

 確かめるようにゆっくりとした足取り。

 他の者も当惑しながら彼女に従っていくが、そのうちにクミも気が付いた。


(そっか。魔名教の教主しか知らない重要な場所なんだから、あからさまに入り口があったり、あんな目立つ石碑だったりしないわよね……)


 数十歩は歩いただろうか、つと教主フクシロが立ち止まり、「そこのようです」と指を差した。

 そこは、何の変哲もなさそうな山肌の地面。彼女らが山を上って来た道とは逆側、ゆるやかな下りを少し行った先にある小さな窪地くぼちであった。

 少女らとネコは、その窪地を眺め下ろして並び立つ。


「ホントに何もなさそうだけど、そこなんですか?」

「はい。ここを掘り起こして少しすると、入り口があるはずなのですが……」

「掘り起こすって……。ここに来て力仕事ってわけ?」

「リィの出番だのん!」


 肩を落とすニクラを余所よそに、勢いづいたのは波導はどう大師ニクリ。


「よぉ~し! ラ行・雷槍らいそう!」

「あ、馬鹿リィ!」


 姉からの制止の声だったが、大師の平手はすでに振られていた。

 直後、雷の槍が轟音とともに光り、へこみ地に降り落ちる。


「きゃッ!」

「わぁッ?!」


 爆風激しく、飛び来る石礫せきれき

 咄嗟とっさに身をていしたニクラの陰で、クミとフクシロは悲鳴を上げた。

 少し離れていたとはいえ、ラ行波導大師が得意の『雷電らいでん』。

 威力にたのんで地面をえぐろうと詠唱したのだろうが、朦々もうもうと土煙が舞い上がったため、その成果をすぐに判じることができない。 

 煙のなか、クミは「ちょっと!」と叱責の声を上げた。


「リィ! 魔名術使うなら使うって宣言してからにしてよ!」

「……ごめんだのん」

「ま、波導大師サマの『雷電』でも、使いドコロを考えないとね。ほら」


 ニクラの呆れたような声。

 一同は、土煙が落ち着いてきた窪地を覗き込む。

 地面は確かに「雷槍」の直撃を受けてはいたが、もともとがへこみ地。周りの地面が崩れ落ちて穴を埋めた格好になり、結局は雷撃以前と大差ないようだった。


「むしろ、崩れやすくなって危険になったかな」

「……ごめんだのん」


 身を小さくしてしまった妹ニクリに姉ニクラは肩をすくめ、ため息を吐く。

 

「仕方ない。時間はかかるかもしれないけど、フクシロ」

「はい?」

「『ヤ行・膂力りょりょく強化』、かけてもらえる?」

「……掘り起こすのですね?」

「そうよ。ニクリには目一杯かけて」

「……のん?」

 

 目を丸くするだけの妹に、姉はまたひとつため息を吐いた。


「アンタの『出番』なんでしょ? 筋骨たくましくしてもらって、汚名をすすぎなよ」

「……うん、判ったのん!」


 顔を晴れさせ、頷く波導大師。

 だが、彼女が汚名を雪ぐことも、筋骨逞しくなることもなかった。


「お困りですか?」


 窪地を眺め下ろしていた少女たちに、背後からふいに声がかけられた。

 目をみはり、振り向く一同。

 ニクリとニクラの姉妹は平手をかざし向けもした。


「誰?!」

「……いえ。先ほどのような『雷電』は無用ですよ。私に害意はありません。それに……」


 彼女たちよりも高い位置から見下げてきていたのは、背に負う青空と同じ色をした頭髪の男。

 あい色の長衣を腰の革ひもで締めただけの簡易な服。

 目立つのは、顔の下半分を覆うように巻いた萌黄もえぎ色の布と、魔名術を放つのを待ってくれと言わんばかりに向けてきた左腕――。


「ご覧のとおり、私は『札囲い』の身。波導はどう才媛さいえんを相手に何を為せましょうか」


 かの男の腕には手首から先がなく、断面とおぼしき箇所には黒い布がまとわれていた。

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