伝説の混沌と神世の稼ぎ方 2

 により、小休止を取ることにした一行。

 しかし、その休憩の意図するところは皆が察している。

 岩くれに座り込んだフクシロを案じるように、クミたちは自然と教主を囲むのだった。


「深呼吸してください……。水分も取って」

「……はい。……ふぅ、ふぅ」


 肩で息吐くフクシロは竹筒に口をつける。

 

「飲みすぎないようにしなよ」

「シロサマ、ダイジョブのん?」

「ペース、落としましょうか?」

「ぺえす……?」

「あ、うん。速度。登る速度です」


 フクシロは力無くかぶりを振る。


「……いえ、このままで。ご迷惑おかけして申し訳ありません……」

「謝るのはナシにしましょ。それより、呼吸を整えて……。汗も拭いて……」

「クミ様、ありがとう……」

「お礼もナシでいいですよ」


 フクシロの顔色が優れないのはそのままだが、休憩の甲斐あってか、呼吸の荒々しさはゆっくりと落ち着いてくるようだった。

 不調を来たしているわけではなく、ただの疲れ。

 そのことに少し安堵すると、クミはニクラを見上げた。

 

「ちょっと、ラァ」


 道中、クミからの呼称は何度注意しても直らず、ついにはニクラもなし崩しで承服してしまっている。そんな彼女は自身も水筒を手に取りつつ、「何よ」と答えた。


「アレ、またやってよ。『テレビ』みたいなヤツ」

「……『曲光きょくこう』のことを言ってるのかな?」

「うんうん。それ」


 「魔名術も体力と集中使うんだから」と愚痴を零しながらも、ロ・ニクラは平手を振る。

 すると、何もない空中に像が浮かび上がった。

 まるで、前日に絨毯じゅうたんの上から見ていたような空からの景色。空飛ぶ鳥が天咲あまさきの山を見下ろすような視界の像である。


 「ラ行・曲光」――。

 ラ行波導の応用の広さを示す魔名術のひとつである。

 術の本質は「光を曲げる」だが、この術は練達度合い次第、使い手の発想次第で様々な使いみちがある。

 そのなかでも主だったものが、「別の位置から見える景色を映し出す」、遠望えんぼうの使用法。

 この「曲光」の術を用い、「黒頭こくとう」としての背丈体格を明良あきらに錯覚させ、美名との争いでは周囲の景色に自らの身を溶け込ませ、教主フクシロ側の動向を盗み見てもいたニクラ。彼女にとって、「曲光」の標準的な使い方である「遠望」は容易たやすいものである。

 登るのに適した道を探すため、頂上までの進捗を確認するため、山歩きの途上でニクラが「曲光」を詠んだところ、像を見たクミが「『テレビ』みたい」としきりに騒いだのだ。


 小休止のなかのいい気晴らしとなるのか、作られた「曲光」の像を、ニクラ以外の三人はほぅと息を呑んで見上げる。


「やっぱり、ラァの『曲光』は綺麗だのん……」

「……大師サマなんだからアンタもできるでしょ」

「リィの『曲光』は性格が出るのか、どうしてもでチラチラしちゃうのん」


 フンと照れ隠しのように鼻を鳴らしたニクラは、「で、これが何?」とクミに問う。


「もう道行きや山頂を確認するまでもないでしょ。山はもう、こんなになんだから」

「……いやぁ。歩きながら、ちょっと考えてたんだよね」

「考えてた?」


 うんと頷いたクミは、「稼ぎ方をね」と答える。


「『テレビ』の工場でも作って売り出せないかなぁって思ったんだけど、タネが魔名術だもの。量産なんて、やっぱり無理だよねぇ……」

「『稼ぎ方』って、『神世の稼ぎ方』?」

「うん」

「ジジイと話してた……、明良あきらくんと引き換えにするってやつ?」

「そうよ」

「はぁ? なんでそれを今、『考える』必要が……」


 気が付いたニクラは、口が開いてしまう。


「まさか、『稼ぎ方』は存在しないの?」

「え、いやぁ……」

「あれだけ交渉で振りかざしといて、『神世かみよの稼ぎ方』なんてはじめからなかったの?」

「えへへ……。いや、あるかもしれないけど、私、経済の専門家じゃないし……」


 ここまでくるとニクリ大師も、吐息が落ち着いたフクシロも状況が呑み込めてきたのか、目を丸くするのだった。

 

「これはもう、タイバ大師に悪いから本気で考えないとって……。ウソつくつもりはなかったのよ?」

「……どうするの? 下劣ジジイを敵に回すつもり? 明良くん、戻ってこなくなるわよ?」

「だから考えてんじゃない。でも……」


 小さなネコはうめいて頭を抱えてしまう。


「何も出てこないのよ……。三億……。ああ、三億……」


 丸まってしまう体と尾っぽ。

 ニクリとフクシロもどう声をかけていいか判らずにあたふたとしているところ、ニクラだけがひとり、呆れるとばかりにため息をついた。


「……『神世』にもカネがあるのかな?」


 顔を上げたクミは「あるよ」と少女に答える。


「居坂みたいに紙のおカネがあるし、金属のおカネもあるわ」

「金属の! 重そうだのん!」

「なら、君にも収支があったってこと?」

「当然、そうよ……」

「へえ……」


 「じゃあ」とニクラはクミの隣、少し小さい岩に腰を下ろす。

 だが、その岩の小ささはのか、彼女の手がクミの頭の上に乗せられた。


「君が何にカネを払ってたかが糸口になるんじゃないかな?」

「……ン? 『私が何におカネを使ってたか』?」


 ニクラは目線を高山の景色に投げたままに頷く。


「どういうコト? 『稼ぎ方』を考えるのになんで『使い方』になるの?」


 少女はもうひとつ、ため息をつく。


「クミがカネを『使った』ってことは、誰かが『稼いだ』ってことでしょう? 『収入』ばかりを考えて思いつかないなら、『支出』に糸口があるかもしれないよ」

「『支出』に……。私たちの家計に……?」


おカネを払ってたか?)


 言われてクミは、「神世での支出」を心中で列挙しはじめた。


(まずは、食費? 食材はもちろん、ときどき外食も。あとは飲み代、服にコスメに、美容室とか、ライブ行ったりとか。たまに一緒に野球観に行ったり、旅行も。その交通費ね。物として大きいところだと家電? あぁ、車もか。家はまだ……、だったね。小さいところだとゲームとか本とか……。月々の支払いだったら、家賃に水道光熱、ケータイ。カードローンに……、税金か。奨学金返還や保険に年金も。あとはきっと、は病院代もすっごくかかってただろうな……。保険は使えてたはずだけど、学資積立の邪魔になってないといいな……)


 そこで、ネコはハッとした。


……、だけど、なんじゃない?)


 見る見るうちに顔を輝かせていくネコを見て、ニクラはふっと笑って立ち上がり、ニクリも表情を緩ませ、フクシロは頷く。


「クミ様に何か、『神世の妙策』があったのですね?」

「はい! これは……、いけそうだわ!」

「どんな『稼ぎ方』なんだのん?!」

「いえ、ちょっと煮詰めるから……、そのうち話すわ! でもこれは、うん! いいと思う! ラァ、ありがと!」

「……ジジイを敵に回してる余裕なんてないからよ。休めたようなら行くよ」


 少女たちはふたたび、荒涼の山を登り始める。

 言い合わせたわけではないが、休憩ののちはゆっくりと、しかし着実な足運び。

 甲斐あってか、誰ひとり脱落することなく、一同が山頂に辿り着いたのはそれからさらに一刻後。雲海の上の青一色の空、日が三分の一ほどは下りた頃合いだった。

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