天咲の塔と札囲いの男 5
いったいどれほど降りてきたのか。
変わり映えのしない回廊。最下層の気配もそうだが、
少女たちの疲弊の色は濃い。
「休みましょう」
「フクシロ様……」
教主の提案への可否の声も上がらない。
キョライはさておき、皆、それほどに疲れていた。
「身体を壊してしまえば無為になります。先ほどの『二十三番目の部屋』に引き返し、食事と仮眠をとりましょう」
先立っていたキョライは「なるほど」と振り返ると、戻ってきてニクラに向かう。
「……何?」
「明かりをいただけますか?」
「……やっといなくなってくれるのかな?」
「ご希望には添えません。ですが、ご
ニクラはあからさまなため息で答えると、キョライに
「それに、私がいないほうがいくらか割いている警戒心も解くことができましょう?」
「君がハ行
覆い布の下で微かに笑うと、「いいことを教えましょう」とキョライ。
「……いいこと?」
「御存知かとは思いますが、『
「知らなかったし、少しも『いいこと』じゃないのん……」
「しかし、『魔名術の遮り』がある場合、それは適いません」
少女らとネコは一様に首を傾げる。
「どういうコト……?」
「判り易いところですと、『カ行の
「収容設備には『封魔』は必ず施されておりますものね」
「そのとおり。しかし、『去来の移動』を防ぐだけであれば、なにも識者の高位術『封魔』でなく、『
「それは知りませんでした……」
「戦争でもあれば命取りになりかねない情報ですからね。泰平な時代にあっても、去来術者は誰も話したがりません」
ニクラはフンと鼻を鳴らして、「それが何?」と口を
「その命取りの情報が何の役に立つって言うのかな?」
「『二十三番目の部屋』に私が去来で忍び寄ることを危惧しているのでしょう? でしたら、遮りを作ってみてはと勧めているのです。廊下の石壁は飛び越えられない厚さなので、私を通したくないところに『
「遮り……。でも、波導にはそんな術……」
「言いませんでしたか? 高度な熟達は必要ないのです。必要なのは発想。私を拒みたいという波導のお二方の意志です。ともすれば、あらたな波導術がここで開かれるかもしれませんね」
キョライは
「いずれにせよ、あなたがたが来るか、よほどの緊急でない限り、私は『二十四番目の部屋』から出るつもりはありませんのでゆっくりお休みください」
クツクツと笑う男は、回廊の先へひとり行こうとする。
その後ろ姿をフクシロが呼び止めた。
「……なんですか?」
「お食事はどうされるのです? 持ち合わせていないのでしたら……」
「要りませんよ。私の『何処か』には補充せずに一年は過ごせる備蓄があります。それに、私のために道が逸れることはなかったはずではないですか?」
「それはそうなのですが……」
「一年て……。腐らせそうね……」
キョライは背を向けながら、鼻で笑ったようだった。
「それも心配無用です」
少女らが呆気に取られてる間に、
「つくづく気色の悪いヤツ……」
「ま、確かに気味は悪いけど、あれでも気遣ってくれてんじゃない? 私たちも戻りましょ」
*
「二十三番目の部屋」には
フクシロとニクラは入り口側のひと
準備した食糧は調理しなくてもいい「
クミとニクリは続く
幸いにも、この部屋の壁には「寝網」をかけられそうな出っ張りが複数あった。位置や形状からすると、燭台を乗せるのに
「クミちん、ぷにぷにの手なのに結ぶのうまいのん」
「こういうのは勢いよ!」
出っ張りの上で得意気になったクミは、「寝網」のよじれを直すニクリに「ねえ」と声をかける。
「……のん?」
「リィは、キョライさんにあんまりいい印象ないみたいね」
「……」
「私、リィみたいな子、大好きなのよ。元気いっぱいで、こっちも元気もらえるみたいで。でも、塔に入ってからはキョライさんばっか気にしてるふうでそれがないなぁって……。やっぱり、第一印象が悪かったカンジ?」
ロ・ニクリは首を振る。
「それもあるけど……。リィはちょっと、『去来』のヒトが苦手だのん」
「去来が……、苦手?」
「のん」とニクリ大師は頷く。
「それは魔名術の相性とか、そういうコト?」
「……違うのん。リィはラ行の大師になったとき、他の大師のヒトたちにご挨拶まわりしたのん。みんな面白いヒトたちだったのん」
「でも、ホ・シアラ大師……。去来の大師様は違ったのん。顔は笑ってくれてるんだけど、どこか素っ気なくて、なんだか変なカンジだったのん。リィの得意技は、会ったヒト、みんなの顔を覚えることができることなのんけど、シアラ大師の部屋を出ると、なんだか思い出せなかったのん。会ったばかりなのに、頭の中のシアラ大師は顔がボヤ~ッとしてたのん」
「う~ん……」
旅の途中、「行方不明になった去来大師」という噂を聞いたことはあるが、クミ自身は「ホ・シアラ」という大師に会ったことはない。
ニクリ独特の表現からすると、印象の薄い地味な性質のヒトかな、とクミは思った。
「それから、『去来』のヒトがちょっと苦手になったのん。教区館に新しく勤めてくれることになったヒトとか、お話してるとだんだん大丈夫なんだけど、はじめはちょっと身構えちゃうのん」
「去来の大師様とは? お話しして、仲良くなれたの?」
「それっきりで会えてないのん……」
クシャのヒ・ミカメやその他、旅程のたびたびで出会えた「ハ行」の魔名の持ち主を思い浮かべてみても、それだけで「去来」の魔名の者を苦手とするには少し突飛すぎる感があるようにクミには思える。
「リィの感性かしらね」
「ごめんだのん……」
「え、いや、謝ることじゃないよ。なにも無理してキョライさん……あのヒトと仲良くしろって言ってるわけじゃないしね。ただ、どうしてかなぁ、って思っただけ。リィが仲良くしたくないなら、それでもいいと思うわ」
ニクリの
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