決意と負けん気 4
「山を下りて少し行ったところ、小さいようなのですが、リィ大師が村里を見つけてくださったんです」
クミとニクラが唖然とするなか、地面に金糸が次々と落ちゆく。
「そ、それって、フクシロ様が髪を切るのに何か関係があるんですか?」
「さきほど、私の容姿が告げられてしまったでしょう? そこで食糧を調達して来ようと思いますので、『長髪』でなく『短髪』にするのです」
「あ、あぁ~……。あ?」
教主フクシロは自らの髪を切るのに少しも
何か既視感があるなと、
「にしたって、フクシロ様……。そのショート、ちょっと短かすぎじゃないですか?」
クミの声にもフクシロの手は止まらない。
まもなく、耳より上ほど、短く刈られた頭を振って、フクシロは「ふぅ」とひと息吐く。
「軽くなって首元も涼しくて、いいものですね」
「おかしいところありませんか?」と、さっぱりとした顔のフクシロは、踊るようにクルリと身を回す。
彼女を彩るように陽光が差し、残り髪がキラキラと輝き落ちる木立の中。
幻想の場面にクミは
「ちょっと後ろが……。長さ、合ってないですね」
「……そうですか? 見えないのと、届かないのが……」
フクシロはさらに寄ってくると、ニクラに小刀を渡し、「お願いしてもいいですか?」と、後ろを向いて座る。
「何? え、私に、何をお願いするの?」
「調和よく、整えていただけますか?」
ニクラは助けを請うような目をクミに向ける。
クミは「やりなさいよ」と素っ気なく言う。
「私は、ホラ。身体も器も小さいアヤカムだし。そんなの持てないし」
あてつけのようなクミの言葉に観念したのか、ニクラはため息を吐き、手を伸ばす。彼女の小刀を握る手は、少し震えているよう。
前日までを
魔名教の教主フクシロと、「魔名解放党」の
前夜までは狙い狙われの
それが今、ふたり木陰に座り、一方の身づくろいを一方が手伝う光景。
教主はまったく無警戒に背後を
凶刃は白肌に突き立てられることなく、サリサリと心地よい音を鳴らすだけ。
小さなネコの顔は自然と緩んでしまう。
「……終わったわ」
「ありがとうございます」
礼を述べたフクシロは、座ったまま身体を振り返すと、ニクラの頬に手を触れ添える。
「何? 今度は何?」
「ヤ行・治癒力強化……」
教主フクシロの詠唱で、彼女の手がおぼろげな光を放つ。
もともと治りかけだったためか、
「本来のところ、教主は俗名の魔名術を詠むことはできないのですが、タイバ大師にニクラさんにと、今日は禁忌に触れてばかりですね」
「……私に治癒を施してどういうつもり?」
「これから太古の遺跡を一緒に攻略するのですから、万全にしておきましょう」
口が開いたままのニクラにあらためて礼を述べると、フクシロは立ち上がり、ニクリ大師のもとへと戻っていく。
作られたばかりの水筒を手に、少女ふたりは
「いったい何だったのよ……」
「どんだけテンパるのよ、アンタ……」
小さなネコは、可笑しそうに口元を抑える。
「……私、フクシロ様を『世間知らず』って見下してたトコロがあった」
「でもそれは間違い」と、クミはニクラを見上げる。
「『知らない』ってことは『これから知れる』ってことね。言い方はアレだけど、こんな状況になって彼女は大きくなっていくんだわ」
「……」
「アンタも大きくなりなさいな」
唇を噛み、ニクラは顔を背けた。
だが、背けられる直前の少女の顔。腫れもひいて元の愛らしいものに戻った彼女の
クミはそこに、これまでとは違う色を垣間見ていた。
「私は……、居坂を変える」
「……」
「君に言われたからじゃない。ババアに言われたからでもない。ニクリに負けたと、フクシロに負けたと、認めるわけでもない」
クミはただ、黙って聞いてやる。
「私は、知見を広げて、穴を埋めて、ニクリとは違う私だけの
「いいんじゃない?」と微かに笑うクミ。
「ただの負け惜しみにしか聞こえないけど」
「負けてないって言ってるのに……」
「ふふっ。魔名教会の
「『
「ただし、危なっかしいコトは今後一切、ナシでね」
ニクラはジトリと、瞳だけをクミに向けて寄越した。
「ふたりを待つ間、今言った言葉の意味や『
「その態度、ホントしょうがないわね……」
そんな口をききながらも、「いいわよ」とクミは笑う。
「でも、ギヴアンドテイク、世の中はウィンウィンの時代よ。アンタも何か話しなさいな。守衛手の話でも、リィとの心温まるきょうだいエピソードでも、気になってる男の子の話でもオッケー」
「……まずは、ちゃんと判る言葉を使って欲しいのだけど」
「何でもいいから、アンタも何か話してってこと。私にもアンタを知る機会をちょうだいよ」
「……」
「でも! その前に、ふたりのためにも水を汲んできてゴハンの準備くらいはしときましょ。さっきチラっとナガジカを見た気がするわ」
ニクラは、目に見えてビクリと身を強張らせる。
「まさか、シカを食べるの……?」
「知らない? 結構おいしいのよ。最初は私も抵抗あったけど、そのうち気にならなくなっちゃった。ラ行の魔名術でシカを捕まえるのはできそう?」
「いや、たぶん、それは
「目の前で美名が解体するの見てるから、血抜きとか、皮を剥ぐのに刀を入れる順序とか、私もだいたいは覚えてるわ。教えてあげる」
「……つくづく、野生児どもね……」
日が落ちかけの頃、肉を焼く準備が整ったところにフクシロとニクリが戻った。
彼女らは日持ちする食糧だけでなく、就寝具の「
妹ニクリは姉ニクラに服を渡しつつ、昨晩のこと――「
しかし、あたふたと言葉を繋ぐ妹に、姉からはひとことも返されない。
クミは一喝してやろうかと身構えたが、双生のふたりにしか通じない何かがあるのだろう、ニクリとニクラ、向かい合った姉妹はチラと目線を交わし合っただけ。それだけでわだかまりが解けた様子。
何が何やらではあるが、ネコは呆れて、ひとまずは収めた。
そののち開かれた、野性味溢れる食事の場。必要に迫られてではあるが、クミ以外、シカ肉は初めてのこと。
「これは、存外……」
「おいしいのん!」
「当然でしょ……。私がどれだけ苦労したと思うの……」
ニクラにはいくらかぎこちなさが残るものの、露天会食はどこか楽し気。
それでもやはり、気は張り詰めどおし、疲れも溜まっていたのだろう、「
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