決意と負けん気 3

 元いた場所に戻ると、フクシロはせっせと竹筒をこしらえているロ・ニクリのもとへ駆け寄っていく。

 年頃が近いのと、ニクリ大師の物怖じせずに気安い性格。加えて、この苦境を共にしているという連帯感。もとより面識のある少女ふたりだが、ここにきて急速に仲が深まった様子である。

 一方、ロ・ニクラ。

 彼女は、クミとフクシロが水源を探しに出る際とまったく同じ木陰、まったく同じ態勢、まったく同じ憮然ぶぜんさのままであった。

 クミはニクラに近づいていくと、何も言わずに彼女の横に座り込む。


「……何のつもり?」


 ジトリとした目で丸くなったネコを見る少女。


「何でもないわよ」


 クミの素っ気ない返答に、ニクラはフンと鼻を鳴らす。


「私が側の間諜かんちょうじゃないかって、監視してるわけ?」


 今度はクミが、あざけるように鼻を鳴らす。


「アンタにそんな立派な役目、やれるわけないでしょ。見れば判るわよ。今のアンタみたいなの、私の友だちにもいたわ。好きな子に告って、振られた直後。講義もバイトもうわの空。不機嫌そうにしてるんだけど、『構ってほしい!』って空気、もうバンバンに出してるの。仕方ないからヤケ食いに付き合って、愚痴や泣き言のマシンガントーク食らって、それでやっと元気出してくれた」

「……君は、正しい言葉を使えないのかな?」


 「使ってるわよ」と言い返し、クミは少し離れたところ、フクシロとニクリに目を向ける。

 彼女らは竹製の水筒を手に取り、なにやら会話が弾んでいる。

 

「リィはあんなに頑張ってくれてるのに、アンタ、何もしてなかったの?」

「……うるさいわね」


 またも顔を背けてしまったニクラ。

 「はあ」と聴こえよがしにため息を吐いて、クミは少女を見上げる。


「私はね、アンタが気に食わないわ。最初に会ったときの毒舌も、美名をボロボロにしてくれたことも、まだ許せてない……」

「……身体と同じで、心根も小さいのね」

「でも、一番気に食わないのは、アンタがこうして、いつまでもスネてることよ。ウジウジ、グチグチと……」


 波導はどうの少女はキッとしてネコを睨み下げる。

 敵意激しい眼差しに、クミは負けじと応じてやった。


「ふてくされてばっかいないで、私よりも器が大きいってところ、見せてみなさいよ。『天咲あまさきの塔』について来てとは言わないわ。助けてほしいとも頼まない。でも、『解放党』を率いて『烽火ほうか』を起こして、こんなことになった原因のひとりなんだから、ちゃんと考えなさいよ」

「……」

「アンタがするべきコトを、ちゃんと考えて、やりなさいよ」

「……ババアと似たようなことを……」


 睨み合うふたり。

 一方は顔に腫れがあり、足にすり傷の痕を残し、痛々し気ながらも波導の熟達。 

 一方は身体も小さく、しかしながら毛を逆立て、尾を膨らませるネコ。

 お互いがお互いに、射るような視線を放ち続ける。

 そんな、触れれば弾けそうな雰囲気のふたりの元、フクシロが駆け寄ってきた。

 彼女の手には、小刀が――。


「ニクラさん。これ、ニクラさんの持ち物とお聞きしましたが、そうでしょうか?」


 小刀を掲げて、フクシロが訊ねる。

 気勢を削がれた様子でため息を吐くと、ニクラは横目で「そうよ」とだけ答えた。


「リィ大師が工作を終えたので、私もお借りしてよろしいですか?」

「……水筒作りは終わったんでしょ? 何に使う気?」

すみ白衣はくいを、少し……」


 教主の返答の意図がよく判らず、ニクラは怪訝な顔で瞬きをする。クミも小首を傾げてしまった。

 彼女たちを尻目にして、フクシロは自らの衣に刃を当てる――。


「ちょ、ちょっと……、何してるの……?」

「はい。先ほどクミ様と歩いていて、この服、動きにくいな、と、思いまして……」


 言いつつ、フクシロは白絹しらぎぬ躊躇ためらいなく刃を通していく。

 クミとニクラが呆気にとられてるに、足首まであったたけは膝上ほどに短くなってしまった。


「何なの、いったい……?」

「これで、髪も切ってよろしいですか?」

「え、あ……、ええ?」


 ニクラの当惑のうめき声を了承と判じたのか、フクシロはまたも思いきりよく、自らの長髪をばっさりと断ち落とした。

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