さまよう者らとラジオ放送 3
クミは「そんな」と呟いたきり、言葉を失ってしまう。
「……聞いたじゃろう? 司教ゼダンは健在。モモノは
彼の言葉は、ネコからは血の気を奪い、教主には顔を覆わせ、
「イバちん、ヒドいのん! そんな言い方、ないのん!」
「……ふん。跳ね返りよ。老害にはなまなかな
もう一度鼻で笑い、タイバはクミに向き直る。
「さぁ、クミ様よ。明かしてもらおう。言うておくが、儂は少し平手を振るだけじゃ。それだけでお前様らは天空よりの落ち鳥となること、忘れるなよ?」
「ぐぬぬぅ……」
「……下劣なジジイ……」
歯軋りする波導の少女たちの隣、クミの目からは涙が零れる。
「神世」から
どんな時も、生来の前向きさで小さなネコは歩いてきた。
だが、今より無力を痛感させられたものはない。今より絶望をつきつけられたことはない。
目の前の老人の無情さだけが悔しいのではない。
すべて。
美名が消え、
あまりに一気に、苦境ばかりが襲ってきてやしないか。
彼女の瞳はただ、ぽろぽろと落涙する。
せめて、美名。
旅の供連れ、大切な友人、想えば心が温かくなる、純心誠実な少女。
彼女がこの場にいてくれたなら、どんなに心強いことか――。
しかし、震えながら顔を落としたクミは、気が付いた。
自身の首元、キラリと揺れる「
大橋にて、タイバより返された
主塔に向かう
その遺物の盤面、針が青く光り、一方向に向けて針先を
(明良……! 明良が今、どこかにいる……!)
回転しない針は、少年の生存を確約する証。
クミの折れそうになった心さえも導くかのようなその小さな針に、彼女は先ほどの「ラジオ放送」が始まる前、自身が言いかけようとしていたことを思い出した。
空をさまよっている
この絶望を
「わかったわ……」
ニクリとタイバが言い争う声のなか、クミは呟いた。
耳ざとく聴きつけたタイバ大師が、ニヤリとしてクミに顔を向ける。
「ほう。聞き分けがいいのう、クミ様よ」
「クミちん、なんだかよく判らないけど、ダメだのん! イバちんの好きにするのはダメだのん!」
「……いえ、いいわ。『稼ぎ方』、話します……」
「けど」と強く言って、ネコは顔を上げる。
「最後にお願いします。明良を探し出して来てもらえますか」
ネコは
その姿は、とても小さく頼りなさげな、黒い毛玉。
「なんじゃと……?」
「明良が戻ってきたら、そのときにお話しします。だから、お願いします、タイバ大師。お願い……」
「何を言っておる。小僧など、ゼダンめの『
そこで、タイバ大師も「指針釦」に気づいたようだった。
クミが伏せっているため、ちょうど絨毯の上に置かれたようになっており、その針先を読みやすい。
数刻前、
しかし今、針先は一点に止まっている。明らかにどこかを指し向いている。
「……その遺物か?」
ノ・タイバは、「
しかし、その「回転」は止み、遺物は針先を固めている。
もしも、最前の「回転」が「死亡」ではなく、「対象が『去来の
「……小僧を、『何処か』より出でた小僧を、その遺物を使って、連れ戻して来いと言うておるのか?」
「はい。移動手段と、魔名術の力。頼れるのはタイバ大師しかいないんです……」
「……クミ様よ。約束を
「明良が戻るなら、絶対にお教えします。だから、お願い……」
少女たちから恨みがましい目も向けられながら、タイバはなお頑固に「承服しかねる」と跳ねつけた。
「お願いです、タイバ大師……」
「ならん」
小さな黒い毛玉が、さらに悲壮に縮こまっていく。
黒毛から
「お願い……」
「……ならんと言うとる!」
白髭の中、タイバ大師の唇も大きく歪んでいく。
「ホント……、どうか……」
「……」
クミのか細い声のあとは、沈黙が長かった。
時が止まったかのような場。
そよりと絨毯の上を流れる風で、ようやくにそうでないと判るほどの沈黙。
風に吹かれたのか、小さな涙の粒は流れて、「指針釦」の透き盤にポタリと落ちた――。
「……あぁああッ!」
タイバはやおら頭を抱え、天を仰ぎ、騒ぎ叫ぶ。
欲深で無情な老人は、小さなネコに根負けしたのだ。
「わかった、わかった、判ったわい! さも儂がいじめてるようで、ただでさえ悪い気分がもっと悪くなるわ!」
「……それじゃあ……」
「為すだけ為してやるから、その恐縮を解け、クミ様よ!」
「……タイバ大師!」
ネコは顔を輝かせると、ピョンと老人に飛びついた。
「ただし、じゃ! まず間違いなくそうじゃろうが、小僧が捕囚になっとったり、針の向かう先が福城じゃったら、儂は手を出さん!」
「うん、うん!」
「少しでも危険を感じたら、すぐに戻ってくるぞ!」
「うんうん、うん!」
「クミ様もその時は観念して『稼ぎ方』を教授せいよ!」
「ありがと、ありがと、ありがと~ッ!」
ネコは誰
まだ、取り巻く事態は何も好転していない。
ただ、「明良が戻ってくるかもしれない」というだけ。
だが、クミはそれだけでも救われるような心地になれた。
「ほんと、ホント、本当、ありがとぉ~!」
「判ったから、離れい! 嬢ちゃんといい、クミ様といい、お前様ら、
「おカネに汚いところはアレだけど、大好きよ、おじいちゃん!」
「いい加減にせい!」
「ラジオ放送」からすると、
しかし、憎まれ口を叩きながらも
ふたりのじゃれあうような姿に、飛び絨毯の上も少しばかり
ちょうど、近くに差し掛かっていた
本総大陸の最高峰。
クミの指示で山の中腹に絨毯は降り、ふたたびの合流をこの場でと定め、一同は明良を探しにいくノ・タイバを見送った。
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