決意と負けん気 1

「それで、リィたちはどうするんだのん?」


 天咲あまさきの山中、少女ばかり三人と黒毛のネコ。

 中腹とはいえ、結構な高度。日も昇りきったが涼しく、少し肌寒くもある。

 彼女たちが「空を飛んでやってきた」ことを知らなければ、よくもそんな格好でと目をみはりたくなるほど、山登りには適さない服装。

 ロ・ニクラに至っては、衣服も身体もボロボロ。憔悴しょうすいしきった様子でひとり離れ、木陰に座り込んでいる――。

 そんな姉をチラリと見遣ってから、ロ・ニクリはクミに訊ねた。


「イバちんが戻るまで、ここでずっと隠れとくのん?」

「……そのことだけど、私、思い出した事があるの」


 クミは、教主フクシロに向けて顔を上げる。


「教主様。この山が『天咲のお山』で間違いないですよね?」

「え?」

「タイバ大師には何の気なしに『ここで降りましょ』って言ったけど、『天咲山』……。『一番高い山』だし、方角もあってそうだし、ここかなって……」

「……いえ、私はあまり地勢に詳しくなく、ここがどこかは……」


 しかし、言葉の途中でフクシロはハッと目をみはる。


「ここが『天咲』なのですか? ではまさか、クミ様が思い出されたというのは、『変理へんり』のことを……?」


 小さなネコが頷きを返した。


「『争いをなくす』……。もう、そんな段階ではないかもしれないけど、私が……、私が皆の力になれそうなこと……。この前聞かせてもらってた、『客人まろうどの変理』で……」


 フクシロの顔には期待する輝きが差していき、ニクリの顔には不可解の色が増していく。

 しかし、クミが喋るのを遮るように――。


ともがらよ、司教ゼダンである』


 「ラジオ放送」の声が、ふたたび一同の耳に飛び込んできた。


「えっ?」

「……また?」


 今度の「ラジオ放送」は、福城ふくしろからさらに距離が開いたためか、空の上で聴いた声より幾分小さく、雑音のようなものが混じる。


『先ほどの者に加え、新たな罪人の風体ふうていを伝える』


……?」

「イバちんが捕まったのん……?」


 困惑する教主と少女大師の一方、ネコは黙り、小さな耳を立てて「放送」に集中していた。


『ひとり、肩上ほどの白金しらかね髪の女、歳の頃、十三、四……』


 一同が聴き取ったのは、ふたり分の人相風体。明らかに美名と明良のもの。


『……十日だ。十日ののち、罪人すべての投降がなかったら、一党の捕縛したる者たちを刑にかける。これらを隠避いんぴしたる者も同罪だ。以上』


 いくらか上ずり、端的に命じるような口調を締めとして、「ラジオ放送」は終わった。


「どういうことだのん……?」


 困惑顔のニクリとフクシロの傍らで、クミの顔は晴れやかになっている。


「美名が無事ってことよ!」

「え……?」

「明良も美名も、捕まってないってこと! どうにかして司教のトコロから逃げ出したってことよ! ああ、よかった!」


 ひとり喜ぶクミに、ニクリとフクシロの困惑顔はまだ続いていたが、少し離れたところより、「そんなわけないよ」と冷ややかな声が水を差す。


「……『何処いずこか』から、勝手に出てこれるすべなんてない」


 ラ行波導の熟達者、ロ・ニクラである。

 クミは彼女に睨みを返した。


同行どうぎょうの術者でも出来ないのに、明良くんやあのに、出来るわけがないわ。ゼダン……様の、何か、策謀よ」


 一度も顔を向けずに言いきったニクラに、クミは大きくため息を吐いてやった。


「……やっとまともに口を開いたと思ったら、そんなことしか言えないわけ?」

「……」

「司教の声、聞いた? さっきは取り澄ましたような仰々しい言葉使ってたり、聴いてるヒトに向けてフォローっぽいのまで入れてたのに、今のは全然だった。どこか少し、焦ってるようなカンジもあったわ。それよりなにより、タイバ大師が行く直前、『指針釦ししんのこう』はしっかりと福城とは逆の方角を指してた。きっとふたりで協力して、その『何処か』から脱け出してきてるのよ。いつの間にか逃げ出されて、それで司教は焦ってるのよ」

「……だといいね」

「……こんの、性悪ガールが……」


 睨むクミに、腫れた顔を背けたニクラ。

 険悪な雰囲気に慌てるロ・ニクリとフクシロだったが、波導の少女大師は、「そうだ!」とふいに大声を上げた。


「クミちん、クミちん! さっきのお話の続きだのん! 『客人の変理』って何だのん?」

「そ、そうですね! そういう話でした!」


 同調した教主フクシロがニクリに丁寧な説明をくれはじめた。

 それでひとまず、険悪な場はない交ぜにされる――。


 さて、教主が明かす「客人の変理」。

 魔名教教主に伝えられる、「客人」の特異能、「変理」。

 「居坂のことわりを変える」といわれるちから

 それを為すためには天咲塔に赴き、内部にある大鏡に客人の姿を映す必要がある。

 元は、教主とクミとの謁見えっけんの目的は、「変理で争いをなくす」ことであった。

 今この状況において、この「天咲」の地にて、「変理」を為す。

 そうして、現在の司教との件はもとより、今後の居坂に起こるやもしれない、不毛な戦いをなくすことができる――。


 うんうんと頷いて訊いていた少女大師は、一気に顔を輝かせた。


「すごいのん! それで一発逆転だのん!」

「ですが……、懸念すべきことがいくつかあります……」

「懸念……?」


 フクシロは「懸念」として、伝承のなか、「天咲塔」は「」という表現が使われていることを述べた。

 「数日?」と目を丸くしたのは、クミ。


「そんなにかかるんですか、って……、あぁ! ありましたね、そんなハナシ。うん、ありました……」


 「うひゃぁ」と困った様子で、クミは頭を抱える。


「私、ささっと行けるモンだと勘違いしてたわ……。美名たちも戻ってくるし、そしたらクメン様も助けに行きたいし……。どうしよう……」


 うんうんとうなって悩むクミを励ますように、教主フクシロは「行きましょう」と言った。


「……クメンや他の方々の救出を図りたいのはもちろんですが、モモノ大師が真っ先に逃がしてくださったとおり、タイバ大師がきつくいさめてくださったとおり、おふたりが戻られても危険は大きいでしょう。『変理』に賭けてみる方がよいかもしれません」

「教主様……」


 フクシロの言葉は強い。自らに言い聞かせるようでもある。


「捕囚の者たちには申し訳ないですが、さきほどの司教の言葉を信じるとすれば、十日、猶予ゆうよがあります。この時間、無駄にすることないよう、『変理』を為すよう、私たちだけでもすぐに動いてみましょう」


 フクシロはニクリを見る。

 ヒトが変わったような凛々しい表情に、少女大師は少しだけ、たじろぐ様子を見せた。

 

「ロ・ニクリ波導大師、ご助力願えますか?」

「……もちろんだのん!」


 両の拳を振りあげ、満面の笑みで答えるニクリ。

 彼女の応えに柔らかく微笑むと、教主は黒毛のネコを見下ろす。

 クミもまた、凛然りんぜんとした瞳の直視に、ドキリとさせられた。


「クミ様。もとはこちらからの身勝手なお願い。それがこんな事態に至り、どうあがなえばよいか、皆目判りませんが、今一度のご助力、たまわれますか?」

「当然です! こっちからお願いするくらいです!」


 顔をほころばせ、口に手をあてる教主フクシロ。

 続けて彼女は、チラリと背後のニクラを見遣ったが――。


「……ふん」


 彼女は、わざとであろう、大きく鼻息を吹き、顔をより一層背ける。

 そんな反応に、フクシロはただ、寂しそうに困った顔を浮かべた。


「あんの、ブスクレ……」

「……いいのです、クミ様。きっとニクラさんも協力してくださいます。それより、準備を早速、はじめましょう」


 教主に制止されたクミは、「準備?」と首を傾げる。


「『塔の攻略』には日にちがかかるようですから、食糧を用意しませんと……」

「あ、そうね。行く気になってばかりいたわ……」

「できれば甘菓子も欲しいのん!」

「ふふ。なんだか、ピクニックみたいね」


 教主と少女大師のはしゃぐような様子は、虚勢であるとはクミにも判っている。

 しかし、一同を取り巻く事態と、先行き不透明な「塔の攻略」。

 この窮状に、年端もいかない少女ふたりが無理をしている。明るく振舞ってくれている。

 少しばかりではあるが、そのことはクミにも心強い。

 しかし、あとひとり――。


(……にしても、あのよねぇ……)


 ネコはチラリと、木陰の波導少女、ロ・ニクラを見遣る。

 不満そうな顔つきでそっぽを向いているが、顔を背けつつも、彼女の注意がこちらに向いていることは明白。


(教主様は……、ここにきて、変わろうとしてるみたい。でも、このもなんとかしないと……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る