決意と負けん気 1
「それで、リィたちはどうするんだのん?」
中腹とはいえ、結構な高度。日も昇りきったが涼しく、少し肌寒くもある。
彼女たちが「空を飛んでやってきた」ことを知らなければ、よくもそんな格好でと目を
ロ・ニクラに至っては、衣服も身体もボロボロ。
そんな姉をチラリと見遣ってから、ロ・ニクリはクミに訊ねた。
「イバちんが戻るまで、ここでずっと隠れとくのん?」
「……そのことだけど、私、思い出した事があるの」
クミは、教主フクシロに向けて顔を上げる。
「教主様。この山が『天咲のお山』で間違いないですよね?」
「え?」
「タイバ大師には何の気なしに『ここで降りましょ』って言ったけど、『天咲山』……。『一番高い山』だし、方角もあってそうだし、ここかなって……」
「……いえ、私はあまり地勢に詳しくなく、ここがどこかは……」
しかし、言葉の途中でフクシロはハッと目を
「ここが『天咲』なのですか? ではまさか、クミ様が思い出されたというのは、『
小さなネコが頷きを返した。
「『争いをなくす』……。もう、そんな段階ではないかもしれないけど、私が……、私が皆の力になれそうなこと……。この前聞かせてもらってた、『
フクシロの顔には期待する輝きが差していき、ニクリの顔には不可解の色が増していく。
しかし、クミが喋るのを遮るように――。
『
「ラジオ放送」の声が、ふたたび一同の耳に飛び込んできた。
「えっ?」
「……また?」
今度の「ラジオ放送」は、
『先ほどの者に加え、新たな罪人の
「新たな……?」
「イバちんが捕まったのん……?」
困惑する教主と少女大師の一方、ネコは黙り、小さな耳を立てて「放送」に集中していた。
『ひとり、肩上ほどの
一同が聴き取ったのは、ふたり分の人相風体。明らかに美名と明良のもの。
『……十日だ。十日ののち、罪人すべての投降がなかったら、一党の捕縛したる者たちを刑にかける。これらを
いくらか上ずり、端的に命じるような口調を締めとして、「ラジオ放送」は終わった。
「どういうことだのん……?」
困惑顔のニクリとフクシロの傍らで、クミの顔は晴れやかになっている。
「美名が無事ってことよ!」
「え……?」
「明良も美名も、捕まってないってこと! どうにかして司教のトコロから逃げ出したってことよ! ああ、よかった!」
ひとり喜ぶクミに、ニクリとフクシロの困惑顔はまだ続いていたが、少し離れたところより、「そんなわけないよ」と冷ややかな声が水を差す。
「……『
ラ行波導の熟達者、ロ・ニクラである。
クミは彼女に睨みを返した。
「
一度も顔を向けずに言いきったニクラに、クミは大きくため息を吐いてやった。
「……やっとまともに口を開いたと思ったら、そんなことしか言えないわけ?」
「……」
「司教の声、聞いた? さっきは取り澄ましたような仰々しい言葉使ってたり、聴いてるヒトに向けてフォローっぽいのまで入れてたのに、今のは全然だった。どこか少し、焦ってるようなカンジもあったわ。それよりなにより、タイバ大師が行く直前、『
「……だといいね」
「……こんの、性悪ガールが……」
睨むクミに、腫れた顔を背けたニクラ。
険悪な雰囲気に慌てるロ・ニクリとフクシロだったが、波導の少女大師は、「そうだ!」とふいに大声を上げた。
「クミちん、クミちん! さっきのお話の続きだのん! 『客人の変理』って何だのん?」
「そ、そうですね! そういう話でした!」
同調した教主フクシロがニクリに丁寧な説明をくれはじめた。
それでひとまず、険悪な場はない交ぜにされる――。
さて、教主が明かす「客人の変理」。
魔名教教主に伝えられる、「客人」の特異能、「変理」。
「居坂の
それを為すためには天咲塔に赴き、内部にある大鏡に客人の姿を映す必要がある。
元は、教主とクミとの
今この状況において、この「天咲」の地にて、「変理」を為す。
そうして、現在の司教との件はもとより、今後の居坂に起こるやもしれない、不毛な戦いをなくすことができる――。
うんうんと頷いて訊いていた少女大師は、一気に顔を輝かせた。
「すごいのん! それで一発逆転だのん!」
「ですが……、懸念すべきことがいくつかあります……」
「懸念……?」
フクシロは「懸念」として、伝承のなか、「天咲塔」は「数日かけて攻略する」という表現が使われていることを述べた。
「数日?」と目を丸くしたのは、クミ。
「そんなにかかるんですか、って……、あぁ! ありましたね、そんなハナシ。うん、ありました……」
「うひゃぁ」と困った様子で、クミは頭を抱える。
「私、ささっと行けるモンだと勘違いしてたわ……。美名たちも戻ってくるし、そしたらクメン様も助けに行きたいし……。どうしよう……」
うんうんと
「……クメンや他の方々の救出を図りたいのはもちろんですが、モモノ大師が真っ先に逃がしてくださったとおり、タイバ大師がきつく
「教主様……」
フクシロの言葉は強い。自らに言い聞かせるようでもある。
「捕囚の者たちには申し訳ないですが、さきほどの司教の言葉を信じるとすれば、十日、
フクシロはニクリを見る。
ヒトが変わったような凛々しい表情に、少女大師は少しだけ、たじろぐ様子を見せた。
「ロ・ニクリ波導大師、ご助力願えますか?」
「……もちろんだのん!」
両の拳を振りあげ、満面の笑みで答えるニクリ。
彼女の応えに柔らかく微笑むと、教主は黒毛のネコを見下ろす。
クミもまた、
「クミ様。もとはこちらからの身勝手なお願い。それがこんな事態に至り、どう
「当然です! こっちからお願いするくらいです!」
顔をほころばせ、口に手をあてる教主フクシロ。
続けて彼女は、チラリと背後のニクラを見遣ったが――。
「……ふん」
彼女は、わざとであろう、大きく鼻息を吹き、顔をより一層背ける。
そんな反応に、フクシロはただ、寂しそうに困った顔を浮かべた。
「あんの、ブスクレ……」
「……いいのです、クミ様。きっとニクラさんも協力してくださいます。それより、準備を早速、はじめましょう」
教主に制止されたクミは、「準備?」と首を傾げる。
「『塔の攻略』には日にちがかかるようですから、食糧を用意しませんと……」
「あ、そうね。行く気になってばかりいたわ……」
「できれば甘菓子も欲しいのん!」
「ふふ。なんだか、ピクニックみたいね」
教主と少女大師のはしゃぐような様子は、虚勢であるとはクミにも判っている。
しかし、一同を取り巻く事態と、先行き不透明な「塔の攻略」。
この窮状に、年端もいかない少女ふたりが無理をしている。明るく振舞ってくれている。
少しばかりではあるが、そのことはクミにも心強い。
しかし、あとひとり――。
(……にしても、あの
ネコはチラリと、木陰の波導少女、ロ・ニクラを見遣る。
不満そうな顔つきでそっぽを向いているが、顔を背けつつも、彼女の注意がこちらに向いていることは明白。
(教主様は……、ここにきて、変わろうとしてるみたい。でも、この
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