さまよう者らとラジオ放送 2

「ど、どういうこと……? 近くにはいなさそうだけど、なんで司教の声が聴こえるの?」


 クミの疑問に、タイバが「範囲性の『ラ行・伝声でんせい』じゃ」と返す。


「アヤツが『ラ行波導はどう』を極めていることも、これで明らかとなった……」

「……ゼダン様がまだ福城ふくしろにいるのだとすれば、すでに遠く離れている私たちにまで、これほど明瞭に聴こえる『伝声』……」

「私が、ニクリ大師の援けのもと、慶賀詞けいがのことばを発するのと同じ……」

「それも、リィと同じくらいか、それよりも術範囲が広いのん……」


 「ラ行・伝声」による語りかけ。

 「ラ行波導」での遠方との連絡は居坂で広く行われる通信手段であるが、これには制限が多い。

 まずは、受け手となる波導術者の存在。

 距離を隔て届けられた「音」は微小であるから、「ラ行・拡声かくせい」などの手段で調させる必要があるのだ。

 加えて、届けるべき相手の位置が知れていること。

 「伝声」は声を届ける範囲を広げるにつれ、難度が上がるのは知られている。これを緩和するのが「指向性」である。届ける位置を限定し、明確に意識した術であれば、「音」の減衰もいくらか防ぐことができる。

 しかし今、語りかけられているのは、福城から西に大きく距離を取ったこの位置までも包括し、かつ、調の必要のないほど明瞭な、範囲性の「ラ行・伝声」。これを為すには波導における相応の熟達が要る。

 教主フクシロの言葉のとおり、居坂においては、福城近郊の住民に向けての「年始の慶賀詞」で披露されるのみの、まさしく、波導の実力を如実に示す「伝声術」なのである。


「まるで、ラジオ放送ね……」


 クミの呟きを余所よそに、ゼダンの「伝声」は自ら名乗りを上げていた。他の者は恐れおののく表情で黙り、「伝声」に聴き入る――。


ともがらの一日の始まりを騒がすのは他でもない、危急の通告があるためだ』


 「通告じゃと?」と、タイバがいぶかしむ。


『魔名教会、当代教主フクシロの、陰謀画策が昨晩、明らかとなった』


 一同は、揃って息を呑んだ。


『かの者は詳細は不明なれど、魔名教の教義に反する者と徒党を組み、昨晩、主都福城を騒擾そうじょうせんと武力決起を画策。司教以下、神々と輩とに純然に尽くす勤仕きんし者たちは、これを阻止したるものの、主犯フクシロは逆徒とともに福城を逃亡、行方をくらますに至った』


「ちょっとコレ、どういうことよ! 全然、嘘っぱちじゃない!」

「若造め……。民意を巻き込んで、わしらを完全に咎人とがびとにするつもりじゃ……」


『ゆえに、輩よ。この語り聞かせは、皆々に注意を促すとともに、助力たまわりたい故、為されるものだ。もとが面相広く周知でないフクシロであるが、もしこれを見かけたれば、魔名教会まで即刻届け出られたく願う。ともに罪を為し、逃げ去った者どもの風体ふうていも伝える。まずはフクシロ。黄金こがね長髪の女。歳の頃、十四、五……』


 次々に読み上げられる、「罪人」の人相風体。

 その数、四人と一匹。まさしく、空飛ぶ布の上にある者らすべて。司教とは面識がなかったはずの小さなネコの、双眸そうぼうが色違いであることさえも、事細かに。


『……相手は教主だからと恐れ入る必要はない。魔名教の本質はこれを聞き及んでいる輩、ひとりひとりの尊重にある。そして我々、魔名教会は輩の旅路を守り、これに尽くすために存在している。教主の威光のために、ましてや私的な組織として在るわけではない。怖じることなく大罪に抗し、暴いてもらいたい。協力する者には褒賞ほうしょうの準備もある』


「そんなにまでして……?」


 クミの呟きだが、その声音は羽虫が鳴くようでちからがない。


『最後に、かの者たちが聞き入りたるのであれば、申し付ける。即刻、投降せよ。さすれば、すでに捕囚したる徒党を含め、罪過減免の余地を残す。今一度、おのが振る舞いを省み、贖罪しょくざいの機会を得よ。……以上である』


 その言葉を最後に、クミが言うところ、「ラジオ放送」は聴こえなくなった。

 全員の顔面は蒼白。声を発する者がないまましばらく、絨毯じゅうたんは惰性のように空を飛び続けた。


「クミ様よ。約束を守っていただこう」


 はじめに沈黙を破ったのは、ノ・タイバ。


「約束……?」

「『神世かみよの稼ぎ方』を今この場ですぐ、明かしてもらおう」

「え、今……? こんな時にですか? タイバ大師……」


 瞬きを繰り返し、縦長の瞳孔を丸くするネコ。


「『こんな時』なればこそじゃ。儂はもう、お前様らとは離れさせてもらう」

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