少女と母娘 5

裁断さいだんッ!」


 美名の素振りは、これで百回を超えた。


 ここは、久美たちの家に近い児童公園。

 「こっちに来る本当の直前にやっていたことを試してみたら」との久美のアドバイスに従い、美名は大きな剣を持って、美幸と一緒にこの公園にやってきたのだ。


(あのとき……。「何処いずこか」で「かさがたな」を振るったとき、「光の切れ目」ができた……。「何処か」を脱けたい私は、無我夢中でそこに飛び込んだ……)


 深呼吸をして、美名はまた剣を構える。


裁断さいだぁん!」


 空気を斬るような鋭い振り下ろし。

 しかし――。

 

(ダメ……! できない! 「光の切れ目」ができない!)


 落胆する美名に、美幸がトコトコと歩み寄ってくる。


「鬼退治、終わったぁ?」


 美名はフルフルと首を振った。


 美幸も、はじめはキラキラした目で見守ってくれていたが、次第に飽きてきたようで、五十回を過ぎたあたりからは公園の遊具で遊び始めていたのだ。

 クルクルと忙しなく、ブランコやすべり台、ジャングルジムで遊び回っていた美幸。

 それにも満足したのか、彼女は「あぁ、疲れた」とませた調子で言って、ベンチに座る。美名もふぅ、と息をついてその隣に座った。


「どうしよう、美幸……。私、『居坂いさか』に帰れないかもしれない……」

「じゃあ、美幸のおウチに来るといいよ!」

「……美幸の?」

「弟か妹がアタシは欲しかったけど、今は、美名お姉ちゃんが欲しい!」

「美幸ぃ……」


 思わずといった様子で、美名は美幸のほっぺをムニムニといじる。

 美幸も美幸で「えへへ」と笑っている。


「……美幸には素敵なお母さんがいて、幸せだね」


 ませた調子で「そうかな?」と首をひねる美幸。


「ママは美幸にいっつも怒るんだよ? 『カタヅケナサイ!』、『コボサナイデ!』、『マエミテアルク!』」

「あはは。久美さん、美幸のことが大事なんだよ」

「美名お姉ちゃんのママは?」

「私にはお母さん……、ママはいないかなぁ」

「いないの?」

「うん。お母さんの思い出って、ないんだよね」


 気づけば、夕暮れも深まっていて、もうすぐ夜になる。

 一番星がチカチカとまたたく空。

 美名はそんな空を見上げて、「でも」とつぶやく。


「……お母さんってわけじゃないけど、大事なヒトはいっぱいいる。大事なヒトがいっぱいいるのが『居坂』なの。だから私は、久美さんと美幸も大好きだけど、『居坂』に戻りたい……」


 美名の感傷に幼いながらも共感したのか、美幸が手を握ってくる。

 彼女にニッコリと微笑んで、美名も手を握り返した。


「ふたりとも、ゴハンだよ~」


 公園の入り口で、久美がふたりに手を振っていた。


「イサカに戻ってもいいけど、今日はお泊りしてってね」

「……うん。甘えさせてもらうね……」

「今日は美幸が、うんとヨシヨシしてあげるからね」

「……甘えるって、そういうコトじゃないよ?」


 仲良く手をつなぐふたつの影法師が、笑い合って公園を出ていった。


 *


「そっかぁ。ダメだったかぁ……」

「はい……」


 夕食の席、美名は沈んだ様子で答える。

 その落ち込みようのせいか、それともレストランでの食事がまだ残っているのか、彼女のはしの運びは遅い。

 育ちざかりの美幸は、そんなふたりの様子など気にも留めないといった様子。ミートソースを飛び散らせながら、パスタをかき込む。


「ゆっくり! 噛んで食べるの!」

「……ふぁい!」


 美名に目を戻す久美。


(う~ん……。どうしたものかなぁ……。このままずっと、美名ちゃんが「居坂」に帰れなかったら……)


「……明日、出て行きますね」


 考えを読まれたのかと、久美はビクリとした。


「出て行くって……?」

「……パパさんも明日には帰ってくるのでしたら、私がいつまでも居座るわけにはいきません」

「いや、パパはたぶん、そんなの気にする人じゃないけど……。出て行ってどうするの? アテはあるの?」


 顔を上げた美名は、久美を見つめる。


「……大丈夫です。野宿には慣れてます」

「野宿て……」


 その顔色とうるんだ目。ひきつる口元。

 幼い愛娘がたびたび見せるのと変わらない――強がっている素振りだと、久美にはすぐに判った。


(う~ん……)


「……ひとまず、食べちゃってね。残さずに平らげてもらえるのが作った人は一番嬉しいのよ」

「……はい」


(ホントに、どうしたものかなぁ……)


 ふたりが食べ終えるまでのあいだ、ため息が漏れないよう、口の中で押しとどめるのに久美は苦労した。

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