少女と母娘 6
美名と美幸が風呂に入っているあいだ、洗い物をする久美の思い悩みはまだ続いていた。
(このまま美名ちゃんが帰れなくて、「こっち」に居続けることになったら……。警察……? 児童相談所……?)
生々しい考えに、久美はため息をついてしまう。
(……それが美名ちゃんのためになるのかな……。私に後悔はないのかな……?)
洗い物を終えてソファに腰を下ろし、少し顔を上げると、久美の目線上にはちょうど、
昨今は神棚を置かない家も多いが、二年前、この家を建てる際、普段は主張の少ない夫、
その理由は、四年前までさかのぼる。
四年前。
久美が大病のため、生死の境を行ったり来たりしていたとき。
久美の夫、
久美が何度目かの昏睡に入り、今度は助からないと告げられてからは、周りの者が心配になるほど、鬼気迫る様子で神社に通い続けた。
それは、奇跡だったと医者は言った。
二週間もの昏睡から何の前触れもなく目を覚ました久美。
以降、久美の病状は一気に快方に向かった。一か月もしないうちに太鼓判を押されて退院できたのだ。
久美は信心深いほうではない。
けれど、久美の快復を機に、幸宏は信じるようになった。
神様が妻を救ってくれた、と信じたのだ。
(助けてくれる、神様ねぇ……)
久美が眺める、
毎朝、
美幸も、信仰心ではなくて単なるまねっこだろうが、幸宏と並んでふたりで手を合わせる朝の光景。
久美にはもう、見慣れた光景――。
「あはは」
「美名お姉ちゃん、アワアワ~!」
廊下を伝って聴こえてくる、ふたりの笑い声。
沈んだ様子のまま風呂に向かった美名だったが、声からすると、少しは元気を取り戻した様子。
美幸は人見知りがちだけど、一度慣れてしまえば人懐っこくて愛らしい子であると、親の欲目ながらに思っている。そんな愛娘のおかげだろう。
そして、美幸がこんなにずっと上機嫌な日もなかなかない。
「美名お姉ちゃん……か……」
もう一度、久美は神棚を見上げると、「よし」とつぶやいてスマートフォンを手に取った。
*
朝食を終えてから、久美と美幸、美名は、三人揃って児童公園に来ていた。
なじみの遊び友達がいた美幸は、その子どもたちに美名を自慢したあと、子どもたち同士の遊びに夢中になっていった。
美名は、遊具から少し離れたところ、子どもたちの危険にならないような場所でひとり、剣を振っている。
昨夜、美幸が寝ついてからは庭先で、加えて早朝も、ひとりで「帰る方法」を試していたようだけど、今現在もそれが成功している様子はない。
「美名ちゃん、ちょっと休みなよ。昨夜も遅くまでやってたんだし」
ベンチに座って美名と美幸を視界に収めていた久美が、声をかける。
顔を向けてうなずき、肩を少し上下させてやってきた美名は、久美の隣に座った。
「はい。これでオッケーよ!」
久美は美名に、剣の
剣の抜き口のところで、「ナコちゃん」と「ヒコくん」の人形が仲良く並んで揺れた。
「わぁ、ありがとうございます」
「これで、どんなに動き回っても落ちないわよ。たぶん!」
「こんなに可愛い
愛し気に眺めていた美名だったけれど、まばたきをすると、ふいに「ヒコくん」人形だけを取り外す。
「あら? 気に入らなかった?」
「あ、いえ……。この子は贈り物にしようかなぁ、と……」
「へぇ~……」
久美の顔が、ニヤつきはじめた。
「誰に贈るの?」
「えっと……、私の
「クミさん?」
「違います……」
「ふぅん……。男の子ね!」
少し頬を赤らめて、うつむく美名。
それが、久美の推理が的中したことを示している。
「まぁ、お年頃だからねぇ。こんなに可愛い美名ちゃんだもの、カレシのひとりやふたり、いたっておかしくないわよねぇ。健全、健全!」
「……そういうトコロ、久美さんはクミとそっくりです……」
口をとがらせる美名にふっと笑って、久美は彼女の汗ばんだ手をとった。
顔を上げた美名に、「やっぱりキレイな目だな」と久美は
「……美名ちゃんさ。『美名ちゃんの世界』に帰れるまで、ずっとウチにいていいよ?」
「……え?」
急な話に驚いたためか、美名はパチパチッとまばたきをした。
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