少女と母娘 4

「さぁ、腹が減ってはなんとやら、好きなの頼んでね」

「……あの、言いづらいんですけど……、私、今、おカネは持ってなくて……」


 久美は少女の生真面目な言葉に、また笑ってしまう。


 三人は、チェーンのファミリーレストラン、窓際テーブル席にいる。

 入店の際、美名の格好に少しギョッとしたスタッフには、「コスプレイベントがありまして」と先んじて言い訳していた。

 

「……面白い子ね。おカネなんて心配しなくて大丈夫。オゴリよ!」

「でも……」

「ほら、気にせず頼む!」


 パチパチと瞬きをしてから、バンソウコウだらけの顔を輝かせ、美名は「はい」とうなずいた。

 美幸と肩を並べ、メニューをのぞき込む美名。


「スゴい……。本物みたいな絵で、見たことないゴハンがいっぱい……。あ、これが『パン』か……。クミが言ってた通り、『麦包ぱお』に似てる……」


 何やらブツブツとつぶやいている美名を尻目に、美幸は「チーズハンバーグとマロンパフェ!」と決めたようだった。


「あれ? 美幸、もうキッズプレートはいいの?」

「うん、『ナコちゃん人形』はコンプしたからオッケーなの!」


 大人ぶってでもいるのか、ふふん、と鼻を鳴らす美幸の隣で、子ども向けメニューのページに食いついたのは美名の方だった。

 どうやら、料理そのものではなく、ページのところどころにデザインされている、白ネコのキャラクター――。


「こ、この可愛いの、何ですか……?」

「これが『ナコちゃん』よ。最近やってるクレイアニメ。このファミレスとコラボキャンペーンしてるみたいで、キッズプレート頼んだらグッズがもらえるのよ」


 メニューの「キッズプレート」を指差しながら、久美が教えてやる。


「『ぐっず』……? この可愛いのが……もらえるんですか?」

「そうよ~」


 たっぷりとメニューを眺めてから、美名は「キッズプレート」と、遠慮がちに告げてきた。


「……マジで? もしかして、ナコちゃん目あて?」

「ダメ……ですか?」

「いやぁ、ダメじゃないけど……。面白い子ね、ホント」


 料理を待っているあいだと、運ばれてきたあと。食事を口に運びつつ、久美は美名から話を聞いた。


 『居坂いさか』という世界の存在。

 『魔名術』という魔法みたいな力。

 ここに来る直前、美名はクミをはじめとした仲間と、悪だくみを止めるため、『魔名術』の応酬の戦いを繰り広げていた最中だったこと。

 そのため、美名は一刻も早く『福城ふくしろ』の町に戻りたいのだということ。


 「クミ」という存在相手に話し慣れてでもいるのか、美名の語り方は要領がよく、質問を挟みながらではあるが、久美にも理解ができた。

 そうして、彼女の状況をすべて聞き終えたのは、ちょうど全員がメインの料理を食べ終わった頃。


「いやぁ~……。フシギすぎる話ねぇ……」

「ハナシね! はい、美名お姉ちゃん。あ~ん!」

「ありがと、美幸。あぁ~……ん」


 話に混ざれない美幸は、構ってもらいたいのか、構いたいのか、ふたりの話の合間をみて、こうやって何度も、パフェをおすそ分けしてやっている。

 そうして、スプーンが口に運ばれるたび、美名はうっとりとして味わうのだ。


「……んんっ。ホント……、フワフワで、甘くて冷たくて、美味しすぎる……」

「えっへへ~!」


 スマートフォンを操作していた久美が「ダメね」とため息をついた。


「当たり前なんだろうけど……、『別世界への帰り方』なんて検索ワードじゃ、アニメやネット小説ばっかりヒットして……。念のためと思って『居坂』や『福城』でも調べたけど、こっちは人の名前しか出てこないし……」


 チラチラと、興味がそそられているようにスマフォに目を向けながら、美名も「そうですか」とつぶやく。


「美名ちゃんの友だちのクミさんは、どうやって『居坂』に行ったの?」


 きかれた美名は、少しためらってから「死んだそうです」と答えた。


「死んだ……?」

「……はい。『神世』で病気のせいで死んじゃって、気付いたら『居坂』に来てたそうなんです……」

「病気……?」


 久美は目を丸くする。


「……実は、私も四年前まで病気しちゃってて、それが結構な大病で、何度も昏睡こんすい状態を繰り返してたくらいだったのよね……。お医者さんからも『回復したのは奇跡』って言われてて……。なんだかホント……、クミさんとは他人の気がしないわ……」


 「しかしねえ」と、久美はため息をつく。


「まさか、美名ちゃんが死んでみる……なんてわけにはいかないからねぇ……」

「それは……、そうですね……」


 美名も一緒になって、ため息をつく。

 隣で美幸もマネをして、おおげさにため息をつく。


 そこに、笑顔のレストランスタッフがやってきた。

 高校生か大学生くらいの、アルバイトらしき女の子。手には「ナコちゃん」グッズがたくさん入ったカゴを抱え、美幸に向けて、「はい」とにこやかに声をかける。


「お嬢ちゃん、好きなの選んでね」

「美幸じゃないよ!」


 スタッフが「え」と戸惑っているところに、久美が「こっちの子です」と教えてやった。


「あ……、そうですか。それは失礼しました」


 少し怪訝な顔をしたスタッフだったが、マジマジと真剣に見定めている様子の美名にほだされたのか、「営業用」ではない、心からのスマイルになった。


「……これで、お願いします」


 一分ほど、吟味に吟味を重ねて美名が手に取ったのは、「ナコちゃん」の人形がついたキーホルダー。


「もうひとつお好きなの、いいですよ」

「え?」

「いいの? 数合わなくなったりしないの?」


 アルバイトスタッフは、少し周囲を気にしてから「はい」と小声で答えた。


「キッズプレート頼んだお客さんで『いらない』って人もいるんで、数量チェックなんてしてないんですよ。こんなにマジに……真剣に選んでくれるんで、もう一個サービスです」

「ありがとうございます!」


 パッと輝く笑顔に、久美も美幸もスタッフも、皆が笑顔に誘われる。


 デザートも食べ終えてひと息ついた頃、久美が「出ましょうか」と言った。

 

「夕方になってくると混んでくるだろうしね。ウチでまた少し、考えてみよ」

「わぁ! 美名お姉ちゃん、おウチに来てくれるの?」

「本当に、いろいろとありがとうございます」

「かたっくるしいわね。もっと気安くしてくれていいのよ」

「いいのヨ!」


 会計してくれたのは、先ほどサービスしてくれたスタッフ。彼女にあらためて礼をいい、三人はレストランを出る。

 ほくほく顔の美名は、「ナコちゃん」と、ボーイフレンドのキャラクター、「ヒコくん」のキーホルダーのふたつを、そうしなければ失くしてしまうとでもいうように、優しく握り込んでいた。

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