少女と母娘 3
「その、『ミナちゃんの世界』に帰るために、私たちが手伝えることってあるかな? まさか……、地続きとかじゃあないんだろうけど」
「う~ん……、どうなんでしょうか……」
「どこかにゲームみたいにワープゾーンがあるとか?」
「げえむみたいにわあぷぞおん……。う~ん……」
「……ないわよね~。そりゃそうだ。そんなのあったら大騒ぎになってるわ」
「……」
少し考えたあと、美名は「あ」と気付いたようだった。
「何か、書く物をお借りしてもいいですか?」
「書く物……? 美幸、ママのバッグからボールペンとって」
「はぁい!」
前座席の美幸からペンを受け取るが、美名は手のひらに乗せたまま、パチパチとまばたきをするだけ。
「出すんだよ!」と見かねた美幸がノックすると、カチリとペン先が出てきたことに美名は目を丸くした。
それから彼女は、何やらメモ紙のようなものをとりだして、おぼつかない手つきでペンを走らせる。
久美はそのあいだにチャイルドシートを元に戻し、娘にはそこに座るように促し、自身は運転席に移った。
「……光らないわ……」
「何だか知らないけど、ダメだったの?」
運転席から様子を見守っていた久美に、美名は「はい」とうなずく。
「連絡をとろうと思ったんですけど……。見てないか、『
「えぇ……? あぁ~、そっかぁ……。ダメだったかぁ……」
紙にモノを書くことが、何かの連絡になるのだろうか。
信じると決めたものの、久美には気になってしまう。
「……ミナちゃん、お腹すいてない?」
「あ、えぇ……。言われると、そうですね……」
「そっか。じゃあ、ファミレスでも行こっか」
「美幸も! ペコペコ!」
ひとまず、こんな狭い車内じゃなくて、どこかで落ち着いて話を聞いてみようと、久美は美名をランチに誘った。
*
「馬が引いてるわけでもないのに速い!」
「え、あぁ~……。まさか、『車』って、ミナちゃんは知らない感じ?」
「カンジ?!」
美名は走る車内、前座席のシートにしがみついて身を縮こませていた。
「馬車や
「『ドーリキシャ』ってのがまず判らないんだけどね、こちとら……」
ビクつきながらも美名は、窓の外を珍しそうに眺めつづけている。
「『
「そうだねぇ……」
(……『ファンタジーもの』なんてずいぶん遠ざかってたけど、マジでコレ、『別世界から来た女の子』だったりするのね……)
「……クミが言ってた、カガクの世界、か……」
久美は「あれ?」と気付いて、ルームミラー越しに美名を見る。
「私、ミナちゃんに名前、教えたっけ?」
「……え? あ、はい。ノノセさんって……」
「いや、私の名前、久美っていうのよ。
「そうなんですか」と、美名は少し嬉しそうに驚く。
「クミっていうのは、さっき言った、『神世』から来た私の
「……その、『輩』ってなんか堅苦しいカンジだけど、『友だち』ってこと?」
「え~と……、説明しづらいですけど……、そうですね。『友だち』っていう意味もあります」
「そっかぁ……。ミナちゃんの世界に、こっちからはクミさんがお邪魔してるのね……。珍しくない名前だけど、なんだか他人の気がしないわ……」
チャイルドシートにちょこんと座っている美幸が、「ねえ」と美名の服をつかむ。
「ミナお姉ちゃんの『ミ』は、どういう『ミ』? 美幸といっしょ?」
「……ン? 『どういう』って……」
前のシートの久美が、「字よ」と説明する。
「自分の名前を書く練習してるから、美幸の最近のマイブームなのよ。人に、『あなたの名前はどういう漢字?』って聞きまくるのが」
「ねぇ、ねえ。どういう『ミ』?」
「美幸~? たぶん、ミナちゃんの世界には漢字は……」
美名は美幸にニッコリとして、「『美しい』って字よ」と答えた。
「あ、漢字、あるんだ……」
「『美しい』……。美幸とママといっしょだ! 『
「わぁ、字が書けるのね。私が美幸ちゃんくらいの頃は、字なんて、ひらがなもかけなかったよ」
「えっへへ~!」
(平仮名もあるのね……。別世界にも中国とか、
また少し、
美名はチャイルドシートの美幸に、先ほどのメモ紙とボールペンで自分の名前の他の部分――「和」と「名」を教えてやっている。まるで、本当のお姉さんのように、親し気に話しかけている。
人見知りがちな美幸もよく懐いていて、お返しとでも言わんばかりに「美幸」と「久美」を書いている。
ふたりの様子にもたげかかった疑念も消えて、久美は笑みをこぼした。
「『美しい名』かぁ……。いい名前ねぇ……」
「……あは。クミがつけてくれた名前を、久美さんが褒めてる……」
「あ、そうだったの? それは確かに自画自賛みたいね!」
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