夢乃橋事変の少年と名づけ師 4

「すみません、明良あきらさん……」


 明良の背後でクメン師が申し訳なさそうにささやいた。


「穏便に説けたはずなのに、不手際を……してしまいました……」

「いや……、師に非はない。俺が頭巾を被っていたとしたら、こうも上手く橋の上に集められていたかどうも疑わしい……。それに……」


 黒髪の少年は、月光の下で不敵に笑った。


「こうなった方が、俺としては判りやすい。……師も構えてくれ」

「……はい」


 クメン師は高欄こうらんから飛び降りると、橋詰はしづめの、閉ざされている鉄門まで身を退き、懐中から短刀を取り出した。

 鞘から抜かれた「神代じんだい遺物いぶつ六指むつおよび」――刀身の中ほどが幅広はばひろ曲刀きょくとうは、クメンの手の中でどこか不気味な光をたたえている。

 彼が下がったのを確認すると、明良は「幾旅金いくたびのかね」を天高く突き立てた。


「……さぁ、どうした! 伏せるのか、向かい来るか、はっきりしろ! 貴様らの信念はその程度のものか!」


 明良の大喝だいかつに、橋上の魔名解放党は、大別して四種類の反応を見せた。

 敵愾てきがいしんを込めて明良を見上げる者。

 変わらず、困惑したまま立ち尽くす者。

 おずおずと、その場に膝をつきだす者。

 そして、高欄こうらんに手を掛け、橋を脱け出そうとする者――。


「河に逃げれば死ぬぞ! 襟巻靭えりまきゆぎを大量に放ってある!」


 その喚起かんきの声に、高欄に手を掛けていた者たちは動きを止めた。

 城喜しろき川流域に住む者であれば、そのアヤカムを侮ってはいけないことを身に染みて知っている。夜の川に飛び込み、そこに襟巻靭が大量にいるとなれば、決して無事では済まないであろうことも容易に判る。


「それでも逃げたいヤツは逃げてしまえ! 降伏の意志のある者は後ろに下がるんだ! 残りのヤツらは……いつまでまごついてるつもりだ! 来るなら早く来いッ!」


 橋の上で選り分けられるように、ゆっくりと、群集はふたつに分れていく。

 下がる者と、その場に残る者――。


「クソ……」

「バカにして……」


 数十人ほどの残った者は、丈高たけだかと挑発してくる明良へ、反抗心を募らせていくようだった。

 その光景に半ば嬉しそうな含み笑いをすると、明良も高欄から飛び降りた。

 数十人と、「夢の橋」の上、対峙する――。


「……ゲイル」


 背後で立ち尽くしたままの友人に、明良は刀を構えたまま、目を向けないまま、声をかけた。


「お前はどうするんだ?」

「……」

「黙って見てるだけか?」

「……俺は……」


 ゲイルが答えを言う前に――。


「ふざけるな! カ行・焔矢ほむらや!」


 解放党のひとりが、戦端を切った。

 その動力どうりきの詠唱で、他の者の募りきった反抗心のせきも切り崩される――。


氷矢ひょうし!」

「サ行・膂力りょりょく強化ぁ!」

「タ行・撃子げきし!」

「ハ行・取出とりだし!」

「マ行・夢映むえいぃ!」

「ヤ行・躯動くどう強化!」

「ラ行・高波たかなみ!」


 小さな橋の上では平手の光がいくつも発して、夜景の中に明るんだ。いくつもの魔名が、星空に響く。明良に向け、魔名術の多重が襲い来る――。


ゆるいッ!」


 一喝した明良の剣閃は、炎と氷の雨を撃ち落とした。

 続けざま、横方向から突如高波が現れる。波間に見え隠れするは、蠢動しゅんどうする、いくつものアヤカムの影――。


「ただの水だッ!」

「アヤカムは私が!」


 橋上をさらうような波が過ぎても、微動だにしない明良。クメン師は明良の背後につけ、彼の身体にまとわりつき始めていた「襟巻靭」をすべて切り落とした。


「うぉおぉおッ!」


 ときの声を上げながら迫り来る、筋骨をみなぎらせた者たち。槍を突き構える者もある。

 加えて驚くべきは、その数。明らかに多すぎるのだ。男、女、老いに若き。橋の上で術を放った者の数より、向かい来る数の方が圧倒的に上回っていた。

 しかし――。


「軟弱を幻燈げんとうかさししたところで! それが何になるッ!」


 黒髪の少年は上下左右、縦横無尽に跳び、多勢の突進をかわしていく。

 すれ違いざま、明良は蹴りを放ち、刀の柄尻で小突きもしていた。相手が幻であれば、それで霧散むさんする。実在していれば、その者の体勢は崩れてしまう。

 そこにすかさず、クメン師が「六指」で斬りつけるのであった。すると、彼らはそのまま眠るように倒れ込んでしまう。

 これには、「六指」の特性が利用されていた。

 神代遺物・六指――その特性とは、「斬りつけた者をが如く、意のままに操ることができる」。

 クメン師はこの特性を用い、少しばかりの切り傷を与えた相手を「即座に眠らせ」、戦闘不能にしているのだ。


 魔名術の矢を躱し、撃ち落とす。

 身体強化の猛撃を、難なくいなす。

 襟巻靭のみならず、羽虫や鳥も迫るが、あっという間に払い落されるか、他愛ないと看過される。

 すきを見せた者にはすかさず当て身や遺物の刃が向けられ、沈み倒れる――。


 橋上の戦いは混然として、それでいて鮮やかであった。月と星の明かりの下、極上の剣舞が披露されているかのよう。投降の勧めを受けて橋の後方に下がっていた者たちの中には、見惚みとれるあまり、思わず立ち上がってしまった者さえある。

 主役は、黒髪と金髪の男ふたり。たったふたりに、解放党の反抗者はその数をみるみるうちに減らしていく――。


「どうやらニクラも、熟練の魔名術者も、この中にはいないようだ!」

「……いえ、明良さん! 様子がおかしいです!」


 後方からのクメン師の声に、明良も足を止め、見咎みとがめめた。

 今や、立つ者も数えるほどになっている橋の上、奥の方で三人、円陣を組んでいる様子――。


「何だ? 何をしているんだ、アレは……?」

 

 円陣を組んでいた三人は、いっせいに平手を向けてくる。


「同志は下がれ!」

合詠ごうえい!」

「『焔神ほむらがみ』ッ!」


 六つの平手が光る――。


(合詠?!)


 平手から発せられたのは火炎であった。六条ろくじょうの炎のほとばしり。それが宙で合わさり、橋の幅いっぱいの猛火となって迫り来る――。


(この火勢は……マズい! クメン師と離れすぎた!)

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