夢乃橋事変の少年と名づけ師 3

「……ど、どういうことだ?」

「魔名教……教会……?」

「あれって……、『次代じだいのクメン』じゃないか?」


 魔名解放党の群れはどよめきはじめた。

 魔名教の現行体制への異議を知らしめる「烽火ほうか」計画の現場げんば。そこに姿を現した、指導者「黒頭こくとう」。その者こそが計画の首謀であり、先導していた張本人である。

 しかし――。


「この橋は封鎖され、皆さんに逃げ場はありません! お願いいたします……。抵抗することなく、投降願います!」


 この「烽火」の場に至って正体をあらわにした「黒頭」は、「名づけ師」として高名こうめいなオ・クメンであった。そればかりか、解放党の同志に対し、魔名教会への投降を促している。

 橋の上の群集は必然、混乱に包まれた。


「どういうことですか! 黒頭様!」

「『烽火』を為すのではないのですか?!」


 高欄こうらんの上のクメンを呆然として見上げていたゲイルは、ハッとして隣の明良あきら見遣みやる。


くろ未名みな……、か? これがお前の……、魔名教会の、『烽火を止める手立て』か……?」

「……そうだ」

「お前らしくない『手立て』だな……」

「……俺の策ではない」


 この状況は、幻燈げんとう大師モモノ発案の「夢乃橋ゆめのばし」により作られたものである。「騒乱の被害が最小限になる農業用の橋に解放党員をおびき出し、封鎖包囲し、一挙に捕縛する」――。


「私たちの信仰が……、私たちは、どうやって救われていくのですか?!」

「答えてください! 黒頭様!」

「……投降をお願いします!」


 何を問われても、訊かれても、金髪のクメンは投降を求める。

 にらむように見てくるゲイルに一瞥いちべつだけくれ、明良は群集の様子に目を戻した。


(ここまではうまくいっている……。このままおとなしく、降伏してくれ……)


 この「夢乃橋」の策のなか、最悪の状況は、ニクラなり、であるなり、「本物の黒頭巾」が居合わせた場合であった。

 その場合は、クメン師がふんする「偽の黒頭巾」の登場により場を混乱させた上、昼間、周辺を囲むように美名たちが設置してくれたであろう「囲い柵」の仕掛けを発動させ、「解放党」全員を囲む予定であった。

 しかし、この「囲い」の仕掛けは現状よりも広範囲なうえ、即席であるから抜け穴ができやすく、不充分である。ゆえに、こうなった際は先手を取る必要があった。党員たちが「偽の黒頭巾」に虚をかれている間に、武威を示して制圧する。大きな問題は黒頭巾であるが、虚を衝くことができ、黒頭巾がならば、クメン師が携行する「神代じんだい遺物いぶつ六指むつおよび」は制圧にはなのであった。

 だが、現況はこの、「想定しうる最悪の状況」よりだいぶよい。

 「本物の黒頭巾」は未だ姿を現していない。

 「囲い」も、もともとから設置されている頑丈な鉄門扉もんぴを利用して、橋そのものに閉じ込めることができた。橋下の城喜しろき川の流れにもが施してあり、より厳密である。

 あとは、衝突なく解放党員を降伏させることができれば最上である。

 だが――。


「……ニセモノだ」


 群集のざわめきの中で、その言葉がひとつ呟かれたのを、明良の耳は聴き取った。


(マズい……!)


「……そうだ。あの男は、黒頭様じゃないんじゃないか?」

「私たち、騙されたってこと……?」


 疑念が、一挙に橋上に拡がっていく――。


附名ふめいのクメンが黒頭様のフリをしているんだ!」

「名づけ術師……、邪悪な魔名を強制する、邪神の手先……」

たばかって俺たちを陥れようとしてる!」


 異端の信仰者たちの、クメン師へ詰める勢いは攻撃的な色を帯び始めた。


(……クッ! やはり、こうなったか!)


 明良は周りに気付かれぬよう、さやからゆっくりと「幾旅金いくたびのかね」を抜く――。


「皆さん! 投降するなら、その場に……」

「このニセモノめ!」


 ひときわ大きな罵声ばせいの直後、群集の中から光線が飛び出した。

 クメン師に向かって真っすぐに飛び来る、炎の矢――「カ行・焔矢ほむらや」。

 いち早く気付いた明良は、自身も高欄こうらんに飛び乗ると、刀を振って炎の矢を打ち落とした。

 すかさず、明良は橋の中ほど、平手をこちらに向けている男の姿を冷徹に見下げる。


「……今、放ったのは貴様か?」


 続けてゆっくりと、新たな登場者に困惑している解放党員たちを見渡していく。眺めてみると、眼下の解放党員は若年の顔がほとんどのようだった――。


「……おとなしく投降する者はその場に伏せろ」


 少年は「幾旅金」を「焔矢」の男に差し向けると、カチリとやいばを鳴らした。


「そうでない者、抵抗する者は……、相応の覚悟をしろ!」


 向けられた白刃はくじんの鋭さに、橋上には沈黙が落ちる――。

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