夢乃橋事変の少年と名づけ師 2

 党員を引き連れるようにした黒頭巾が、明良あきらとゲイルの目の前を歩み過ぎていく。

 黒髪の少年は、白縁しろぶちののぞき穴の奥、黒頭巾の人物なかみの目が、チラと一瞬、自分を見たような気がした。


「諸君、『烽火ほうか』の時が来た!」


 橋の入り口直前で振り返り、党員を睥睨へいげいするように見渡すと、黒頭巾は低音のしゃがれた大声で告げる。


「今夜、主神の威光がふたたび、我らに注がれる! 邪悪な神々は放逐ほうちくされる!」


 首魁しゅかいきつけられ、党員たちは喊声かんせいを上げた。畑と星空だけの静かな景色のなか、ひどく場違いな熱気が渦巻く。

 しかし――。


「『陥落の実行役』はいるか?!」


 黒頭巾の呼びかけで、その熱気もハタと途切れた。解放党の面々はお互いの顔を見合う。


「……いないか?」


 困惑するようなさざめきが起こりつつある中、ゲイルも明良に耳打ちをしてくる。


「なんで今、確認するんだろうな……? あれだけ綿密に指示してた黒頭こくとう様なのに……」

「……本当の本当に、最終確認なんじゃないか?」


 明良は周囲を見渡す。

 黒頭巾が号令をかけはじめた頃からヒトがどこからともなく集まってきており、今やこの「大橋」のたもとがひとつの集会の場のようになっていた。


(ざっと、四、五十人ほどか……。この場にはいないのか……? 「烽火の実行役」……。ならば、……)


「……わたくしのあとに従え! 御子みこたちよ、『大橋』に進め!」


 黒頭巾が先導し、魔名解放党の集団は「大橋」に入っていく。


「……俺たちも行くぞ、ゲイル」

「あ、ああ……。どうした? いきなり張り切ってきて……」


 明良に手を引かれ、ゲイルは当惑している。

 一団はすでに「大橋」に入っているが、集まっている人数に対して、この橋は狭い。黒髪の少年は党員の波をかき分けるようにして前へ前へと進んでいく。

 「おい」、「ちょっと」と、なりふり構わずに前へ行く明良をとがめるような声のなか、党員同士であろう、聴こえてきたささやき合いの内容が、明良の印象に残った。


「……今日の昼から、黒頭こくとう様、様子が変じゃないか?」

「……『変』って、なによ?」

「なんか、いつもと違うっていうか……」

「……怖れ多いから、そんな滅多なこと、言うもんじゃないわよ……」


(「」……か。まさしく、そうだな……)


 まもなく、ふたりは黒頭巾のすぐ後ろにつけた。


「……おい、明良。どうしたってんだよ、こんなに前まで来ちまって……」

「……見学したいんだろう? 最前線だ……」


 囁きが聴こえたのか、すぐ前にいる黒頭巾が後ろを――明良たちに目を配った。だが、それも一瞬で、黒頭巾は前方へと顔を向け直す。

 一団は大河にかる橋の上で縦に長く列を為し、先頭である黒頭巾は結局、もう一方の出入り口に至った。橋を渡りきったことになる。

 そして、対岸側にも人だかり――党員たちの姿が多くあった。


「諸君も橋に入るんだ! 共に、居坂いさかへの『烽火』を為そう!」


 黒頭巾に促され、対岸の解放党員たちも「大橋」へと入ってくる。

 そんな党員たちを迎えるように、入り口のてつ門扉もんぴそばで仁王立つ黒頭巾。傍らには、明良とゲイルも立つ。


(合わされば、百は……超えてるな……)


 壮観であった。

 夜とはいえ、月明りと星の光を浴びた小さな橋は案外に見渡せる。その橋の上、詰められるようにして大勢のヒトが乗っている光景。

 「本物の大橋」に比べれば小さいが、この橋は農作業の荷車が行き交うことも想定されており、頑丈であった。


「……他にはいないか?! 同志よ!」


 橋の外に向け、黒頭巾が呼び掛ける。しかし、姿を現す者はない。

 黒頭巾はヒト伝いに伝令をさせ、もう一方の出入り口でも党員の不足がないかをわざわざ確認させた。

 今この時、魔名解放党員は全て、――。

 明良は気付いていた。

 解放党の群集の中、多くの者は押せば噴出するような熱気をはらんでいる。そして、残りの少数は、この「橋の上に魔名解放党員が揃っている」状況に当惑しはじめている――。


(確かに、おかしな状況だ。『烽火』で陥落させる予定の橋の上に、なぜ集められるのか……)


「門を閉めよ! これより開始する!」


 黒頭巾の号令の直後、すぐ後ろで鉄門が閉ざされる。

 閉める役目だったのだろう、党員のひとりが橋の外に出ただけで、門の内側にはひしめくように大勢が残された。

 軋むような音が対岸側からも聴こえてきて、あちらも閉められたのだと、明良には判った。

 そして同時に、解放党員の集団の中、当惑の気配が色濃くなったことにも明良には知れた。疑問を感じ始めた者、深めた者が増えている――。

 なぜ、のか?

 「烽火」の詳細は知らされてはいないが、は「橋を陥落させる」には、おかしな状況ではないか?

 その疑問は、党員たちの無言の視線となって首魁に集中しだした。

 それを待っていたかのように――むしろ、より注目を集めるかのように、黒頭巾はおもむろに高欄こうらんへと身を登らせる。立ち上がると、黒頭巾の長躯は群集より抜きん出て目立った。

 黒頭巾からは橋の上にいる者たちを奥まで見渡せるであろうし、党員たちからも、黒頭巾の姿が容易に見て取れる――。


「魔名解放党の!」


 黒頭巾の呼びかけ。それは、それまでのしゃがれ声ではなかった。

 男声ではあるが、夜空に響くような澄んだ声音。彼のである。

 雰囲気が様変わりしたことにどよめく群集を前に、黒頭巾は頭巾を脱いだ――。


「……わたくしは魔名教会の者です! 投降してください!」


 正体を現した黒頭巾――名づけ師のクメンはふたつの月を背負うように、金髪をきらめかせながら、通告を響かせた。

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