波導の少女と風韻の魔名術 4

風韻ふういんッ!」


キィキキイン……


「……あぁッ!」

「風韻! 風韻ンッ!」


キキキィぃイきン……


「ッ! ……ぅ!!」


 波導の少女が魔名術を放つたび、美名の身体は飛ばされ、転がり、もてあそばれる。そのさまはまさに、風に遊ばれる枯れ葉のようであった。


「く、う……うぅ……」

「ふぅ、ふぅ……。いいザマね、誠心せいしんの野生児……」


 うめいて倒れている美名に、ロ・ニクラが歩み寄ってくる。

 その途中で彼女は、地面から自身の小刀を拾い上げた。直後にはもうひとつ、「風韻」を放つ。


「……ぅッ!」


 美名の身体はごろごろと、地面を転がった。

 衣服は泥や血のりでボロボロ。手足にはり傷、切り傷がそこら中にあり、痛ましい。二色にしきがみも乱れ――土にまみれていた。


「……皮肉よね。君のおかげで、私の『風韻』の精度は上がってきてる……。君という存在が、私の波導はどうの熟達に繋がってる……」


(精度……?)


 身体の負傷と、「風韻」による「感覚の喪失」で朦朧もうろうとする中、美名の心はまだ、諦めていなかった。

 満足に手も動かせない。

 敵に対し、罵声を上げることもままならない。


「……風韻ッ!」

「ぅあっ!」


 波導の魔名術で、為すがままにされている。

 しかし、美名の闘志は折れてはいなかった。勝機を探るべく、冷静でいられた。


「……もう油断はしないわ。ちょっとでも時を置けば、『風韻』の効果から君は回復する……。君が死ぬまで……、このやいばを泥んこになったその首筋に食い込ませるまで……、いつまでも『風韻』を……」


(聴かせ……つづける……?)


 少女の冷静さは、ニクラの言葉を聞き逃さなかった。

 そして、辿り着く――。


(音……? 「音」がなの……?)


 考えてみれば、当然であった。美名は、「風」というに気をとられすぎていた。

 波導の魔名術者は、「波」を導くのである。「ラ行波導」といえば誰もが真っ先に思い浮かべるのが、「音」なのである。


(「音」が「風韻」の魔名術の本質……? あのイヤな音に「感覚喪失」の効果がある……)


 心をふるい立たせ、重く戦慄わななく腕を動かし、美名は自らの耳を塞いだ。

 その動作には当然、ゆっくりと歩み寄ってくるロ・ニクラも気が付いたが、彼女はわらいながら「風韻」を放った。


「……くッ、あぁッ!」


 無抵抗のままに地面を転がる美名。


「……今頃になって判ったかな? でも、もう遅いよ……」


 手のひらで小刀をトントンともてあそびながら、ロ・ニクラは美名に歩み寄る。


「……耳を塞いで声を出してみた事って、ある? それで自分の声、聴こえなくなるかな? ならないでしょ?」

 

 ひれ伏す美名の傍、小刀をげ持ってニクラが立った。


「……ヒトは、『耳』で音を聴いてるんじゃない。『頭』で聴いてるの。私の『風韻』は、君にこうやって何度も見舞ってるうち、頭蓋ずがいを伝って『音』を聴かせるまでに成長した……」

 

 「礼を言わないとね」とニクラは、美名を見下ろしてわらう。

 その、勝ち誇った嗤い顔を見上げてもなお、美名の心は折れていない。


(神様が……、私に……劫奪こうだつの神様がついているのなら……、今です……)


「最後の『風韻』、贈るよ……」


 ニクラは倒れ伏す美名に向かって、平手をかざす。

 日は、だいぶ高い位置にまで上ってきている。

 その日差しをさえぎるように立っているものだから、陰になっており、ニクラは。美名自身も

 美名の手のひらが、ことを――。


(……今しかない! 今こそ、メルララ様からの『』の魔名、響かせるッ!)


「ラ行・風韻ッ!」

「ワ行ッ! ……ぁッ!」


 美名の身体が「風韻」の術にされ、きしむ。

 ロ・ニクラは衝撃に呻く美名を見下げ、眉をひそめた。


「『わぎょう』……? 今、『ワ行』って……『詠唱』をしたの?」


 ニクラは高らかに笑い上げる。


「そう……、そうだったね! 君には劫奪の魔名があったんだった! 試術しじゅつをしていた! 授かっていたんだ! その、忌まわしい魔名を!」


 波導の少女は勢いをつけて美名の手を踏みつけた。

 「ぐゥッ!」と呻く、美名。


「……でも、それがどうしたの?! 私から何を奪ったっていうの?! 何も奪えてやしない! 悪逆の神の手先は、罪深い劫奪の君は、私に何も出来てやしない!」


 ニクラは高らかに笑い上げた。

 天を仰いで、勝ち誇った。

 そんな彼女だったが――。


「地面にひれ伏してうなるだけの姿、劫奪には相応ふさわしいまつろ……ぉッ?!」


 あご下から蹴りを入れられて、ニクラはのけ反った。

 解放された美名は、ゆっくりと立ち上がる。

 体中がだるく、重い。身体の内が、悲鳴を上げるように軋む。

 しかし、彼女は立ち上がった。

 五感は、、いつも通りである。最前さいぜんの「風韻」――「感覚喪失」の効果など、


「……ニクラァッ!」


 美名が叫ぶ。

 その叫びは、頭の中が揺れるほどの衝撃を食らったニクラにも、美名自身にも聞こえはしなかったが、林の中に確然かくぜんとして響いた。

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