附名の意義と少女の魔名 2
「いったい、どれだけ
ぽつりぽつりと、「
美名はただ、哀し気な彼女の手を握り続けている。
「……だから、魔名を否定する『
室内のメルララ以外の者は、お互いに目を配せあう。
「正体を隠したロ・ニクラが強権を
「……罪逃れのつもりではないのですが、もう私は『解放党』を
「それは……
クメン師の問いに、顔を上げるメルララ。
この短時間で、彼女の瞳は憐れにも真っ赤に染まっていた。
「……ついていけなくなったというのもあるのですが、決定的だったのは……昨日。美名様に『
「私の……?」
メルララは小さく頷く。
「……『
「そんなこと……」
「いえ……、いえ!」
美名の言葉に、自責する附名術者は強く首を振った。
「私はあなたを拒否した! 振り払った! 『名づけ師』なんて無責任だと見下しておいて、純粋に魔名を求める
沈黙が落ちた。
「……今日、
「発って、どうされるおつもりだったのですか……?」
「郷里に……もどって……」
後に言葉が続かないことに、室の誰もが、メルララの苦悩の深さを知った。
教主フクシロは呼吸を止め、名づけ師クメンは
その涙の粒が、メルララと美名が握る手の上でぽたりと跳ねる――。
「……私は、それでも……、メルララ様に『名づけ』ていただきたいのです……」
震える声で美名は、握る手に力を込めた。
「こんなにも
「美名様……」
「どうぞ……、どうか……、メルララ様……」
懇願するように首を垂れ、しとしとと床を濡らす少女の姿に、メルララの心はふたたび打ちひしがれる。
しかし、今度の感慨は自身に対する失望ではない。少女に対する希望である。
「メルララさん……」
目を開いたクメン師が、後輩の名を呼ぶ。
「実は……
「クメン様も……、私と……?」
「はい」と青年は、照れくさそうに頷いた。
「『名づけ』の仕組み……。
「それは……私と……」
「同じです」と、金髪のクメン師は微笑む。
「……その問いから逃れるため、
「……答えは……あったのですか?」
「……判りません」
「……」
目をしばたたかせるメルララに、クメン師はふたたび微笑みかける。
「……まだ、『コレ』といった答えは見つからないまま、
クメン師は「
「ア行・命名」に両手が必要なことは、メルララはもちろんのこと、場にいる全員が承知している。
「……ですが、答えに近しいものは、掴んでいたような気がします」
「近しいもの……?」
「……『名づけ師』のはじめの頃に名づけた子がいる村を、二年後に訪ねたことがあります。その子は四つになっておりました。『名づけ』を為したのは二つの頃ですから、もちろん、
クメン師は思い出を映すかのように、「
「……彼は、家族の稼業である畑作業を、刈り取り後の麦穂を運ぶ仕事を、小さな体で手伝っていました。微々たる効果でしたが、『サ行
「クメン様が……授けた魔名が、『自奮』なのね……」
「はい。……ですが、
美名は昨日、クメン師から「才覚の光」の色を教えてもらっている。
クメン師が見つめる石壁に、強く光る緑――「
「……
「ですが」と、元・名づけ師は面々に向き直る。向けられた彼の表情は、とても晴れやかだった。
「……無用な苦悩でした。
一同の脳裏に思い浮かぶ、少年の姿。
腕一杯に麦穂を抱えて父の後についていく、小さな男の子の幻。
「ヒトは強いものです。
クメン師はちらりと、美名を見る。クミを見る。
魔名がなくともよき旅路を歩んできた、
「……『名づけ師』は、ただその時、その者に相応しい魔名を授けられるか、ただその一事にのみ、苦心するべきなのです。傍目には『無責任』に見えるかもしれません。ですが、『名づけし子』のよき旅路を願って、ただ、魔名を渡す。それに尽きるのです。それ以上どうにかしようということこそ、『傲慢』なのです」
「……それが……クメン様の答え……?」
「はい」
美名は、クメン師と似たような言葉を思い出していた。
(「その時の全力を尽くしたかどうか」……)
港町ヘヤの、教区館。大師の執務室。クシャの惨劇のため、無力に打ちひしがれていた美名の問いに、
(クメン様も……モモ姉様と同じに……)
美名の心が温まっていく。何かを許されたような、
すぐ目の前のメルララの表情を見て、彼女もきっとそうなのだと、美名は思う。
「……メルララさん。その答えが間違っていないか、確かめてみませんか? 『名づけ師』と成って、
美名とメルララ。
彼女たちが握りあう手に今度は、
やがて、ひときわ大きな涙粒と一緒に、「はい」と小さな返事も落ちてきて、この石造りの室で、ひとりの「名づけ師」が生まれたのだった。
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