附名の意義と少女の魔名 3

「……美名様の魔名を……これより、『渡名とめい』を為します……」


 「名づけ」にはふたつの段階がある。

 「ア行・命名めいめい」による「魔名の決定」――実質は、「名づけ師が対象の魔名の才覚を見極める」、第一の段階。

 そして、「ア行・渡名」による「魔名の授け」の二段階目。

 すでに美名の才覚、名づけるべき属性名は「ワ行劫奪こうだつ」と定まってはいるが、形式にのっとり、「内証ないしょう室」ではまず、「命名」が為された。引き続き実施されるのは当然、「ア行・渡名」である。

 だがここで、「待ってもらえますか」と美名は止めた。


「……何か……?」


 はじめての「名づけ」に不手際でもあったのかと心配そうなオ・メルララに対し、美名は微笑んでかぶりを振る。


「漢字の魔名を授かってみたいのです」

「漢字……?」


 「はい」と頷いて、美名はクミを見遣る。


「私の『美名』という名は……、クミに名づけてもらったものです。私の想いを汲んでくれて、『美名』……『美しい名』という意味の、素敵な名前をくれたのです」

「その、愛玩あいがんが……?」


 メルララも小さなネコに目を向ける。

 クミに関して彼女はなにも知らない。当然、「喋る」ということも知らない。

 ただ不可思議そうに目を丸くしているメルララを察して、美名は「クミは客人まろうどなのです」と付け加えた。


「客人で、私の大切な友だちで、見てのとおり、可愛い子なんです」

「……だから、その『子』ってのヤメてよぉ」


 クミが人語でとがめたことに、メルララの目は一層丸くなる。


「ですので……、クミの『名づけ』にならって、漢字の魔名が授かれると、大変に嬉しいのです……」

「ですが……」


 名づけ師メルララは先輩であるオ・クメンを見る。

 視線を受けてクメン師は、教主フクシロを見る。


「……ということですが、教主様……?」

「問題ありません。教戒には『漢字の魔名を授けてはいけない』など、ひとことも記されておりません。たとえ誰かに咎められることになろうと、美名さんの魔名がこの場で、神々の祝福のもとに授けられたことを、教主として私が認めます」


 クメン師が満足そうに見返してくる瞳に、メルララは「ですが」と答える。


「可能なのでしょうか……? 漢字での『名づけ』……」

「やってみましょう。ともがらの意に沿うのが、わたくしたち『名づけ師』の本懐。しがらみに囚われず、切り拓きましょう」

「ちなみに、『漢字の仮名』の『名づけ』は、ヘヤでさらっと、少女『名づけ師』がやってくれましたよ!」


 クミの付け加えに、教主とクメン師、メルララは驚いたように目を向ける。

 場に勢いをつけるために発した言葉だったが、思わず向けられたその視線の集中に「あ、いや」とクミは口ごもった。


「……モモ大師が、『やっていい』って……」

「……教主様、報告は……?」

「受けては……おりませんね……」

「はぁ……。モモノ大師らしいといえばそうなのですが……。まあ、前例があるならいくらか安心もできるものです」


 やりとりの間も黙って、真剣な眼差しで美名を見つめていたメルララは、筆と紙を要求した。

 卓上で広げた紙に、附名術者は筆を走らせていく。

 記されたものは――。


『和』


……。これが、私の魔名……、属性名になるのですね?」


 メルララは頷く。


「『ワ行劫奪こうだつ』……。いわれは悪く、忌避される魔名となりましょう。ですが、美名様は礼節正しく、純心誠実で、ヒトのことを大事に考えることができる、素晴らしいヒトとお見受けいたします」


 筆を置いてメルララは、美名の瞳を見つめる。


「……そんな美名様だからきっと、心優しいヒトに囲まれ、満ちた、素晴らしい旅路を行くと、私も思います……。この『和』の字を、私から美名様に贈らせてください」

「メルララ様……」


 少女の頬を、ハラと涙が伝う。

 その伝い筋は、彼女のえくぼのきわを駆け抜けていった。


拝名はいめいいたします……」


 メルララは少女の手を取り、「ア行・渡名」と詠唱する。

 繋がれた手は、ふたりの想いが溶け合ったような、優しい光を放っていた。


「……よき旅路をゆく、よきヒトのため、よき魔名よ、響け……。この者の魔名は、『美名みな』……」


 少女がずっと焦がれていた、「名づけ」の授かり。

 彼女の旅の目あてのひとつ。

 ふたりが包まれる白光の輝きは、室の者、福城ふくしろの民、居坂いさかの人々、そして神々――すべての者からの祝福を表すかのように、優しく揺らめくのであった。

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