附名の意義と少女の魔名 1

(『主塔』……。いったい、何を……?)


 附名ふめい術者オ・メルララは、緊張したおもちで十角宮じっかっきゅうの中庭を歩いていた。

 年下ではあるが、「名づけ師」としては先達であるオ・クメンに呼び出された先が、「教主がおわす」主塔――。


(まさか……?)


 心中に不安をぎらせた彼女を塔の入り口で出迎えたのは、クメン師と銀髪の少女、美名。

 昨日の乱れた調子とは違い、少女の頭髪の毛先は切り整えられ、前髪には赤い筋が入っている。その目新しさと可愛らしさにはメルララも見惚れた。なにより、最後に見た顔とはうって変わって、少女の表情には憂いの色ひとつない。その様子に、メルララの心も少しばかり軽くなった。

 出迎えた者は他に、見たことのない小さな愛玩あいがん。そして、教主フクシロ。


「これは……フクシロ様……」

「ようこそいらしてくださいました、メルララ。直接に話すのは、『昇名しょうめいの儀』以来でしょうか?」


 「わか」を隔てたまま「襟手きんしゅ」をとるメルララに対し、姿勢を休めるよう促してから、教主は彼女を主塔に招き入れた。

 一同揃って向かったのは、「内証ないしょう室」である。

 しかし、主塔内部にはじめて入ったメルララには、その部屋が「外部からの波導はどう術の干渉を受けない」、特別な部屋だということは知る由もない。ただ、飾り気も薄い、息が詰まるような部屋だな、と思っただけだった。

 それとは別に、メルララは少し違和感を感じた。

 まず、扉から一番奥の席に自身が座らされた。残る二脚には、美名と教主フクシロ。クメン師は足元に黒い愛玩をはべらせながら、扉際に。まるで、入り口で立ちふさがるかのように――。

 彼女の違和感のもとは、「座り方」である。序列でいえば、のだ。

 教主は当然だが、次はクメン師。昨日の様子からすると、美名という少女はクメン師と同格程度の賓客待遇と思われる。「段」になったとはいえ、「名づけ師」未満であるメルララが真っ先に座らされるのは、ことなのだ。

 だが、その所以ゆえんは、次のクメン師の言葉ですぐに判った。そして、彼の言葉はメルララの顔を青ざめさせもした。


「メルララさん。『魔名解放党』というものを、ご存知ですか?」


(やっぱり……。!)


 「附名ふめい術者オ・メルララは『魔名解放党』の一員である」――。

 昨夜の橋上きょうじょうでの出来事のあと、明良あきらから得た解放党員の人相にんそう風体ふうたいのひとつに、クメン師と美名には思い当たるところがあった。

 「美名の才覚」を視てくれた、実直の附名術者。

 彼女は「明良の虫食いの魔名」を視た、附名ふめい術者でもあったのだ。

 クメン師の問いに黙り込み、喉をコクリと鳴らせるメルララ。言葉はなくともその様子が、彼女の答えを雄弁に語っていた。


「……捕えて、罰する。そういう訳で今日、お呼びしたのではないのです」


 クメン師の続く言葉に、メルララは目を見開いて彼を見る。


「……メルララさんにしていただきたいことは、三つです。ひとつは、『解放党』をけていただきたいということ。ひとつは、『烽火ほうか』を未然に防ぐため、協力いただきたいということ。そして、三つ目は……」


 クメン師の言葉の途中で、メルララの手には何かに触れた感触が走る。不意のそれにビクリと身を震わせて、メルララはかたわらの少女に目を向けた。

 美名が真っ直ぐに見つめていた。

 メルララの手をとり、包んでいた。


「……私に魔名を授けていただきたいのです」

「魔名……。『劫奪こうだつ』を……?」


 赤筋あかすじ交じりの銀髪の少女は、えくぼを浮かべてうなずいた。


「……私をメルララ様のはじめての『名づけし子』にしてくださると、そうお約束してくれました」

「でも……、私……、私は……」

「……お約束……してくださいました」


 紅い瞳の直視に耐えきれないとばかりに、顔をうつむけた附名術者。彼女はそのまま、泣き崩れた。

 彼女の震えを抑えるでもなく、深めるでもなく、美名はただ、彼女の手を握り続けた――。


「『ア行附名』という自分の魔名に……私はどこか、不信を持っていました……」


 附名術者オ・メルララは、嗚咽おえつが落ち着いた頃、訥々とつとつとして語り出した。

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