大河とふたり 2

「あ……、う……え? 美名……か?」


 軒酒屋のきざけやの店先で所在なさげに立ち尽くしていた黒髪の少年が、近づく少女に気付き、初めに発した言葉がそれであった。

 まばたきを繰り返しながらの目線からすると、美名の様変わりに驚いている様子である。

 ほろ酔い客の喧騒とともに、酒場から漏れてくるほのかな灯り。薄闇とその灯りの狭間で少年が狼狽する様子が可笑しくて、美名には思わずえくぼが浮かぶ。


「……大橋に行こう」


 つと目が合った少年は、少しだけ顔を逸らしてしまうと、そう提案してくる。


「橋……って、?」

「そうだ。『烽火ほうか』の目標……、大河にかる大橋。夜だとヒト通りがほとんどないらしく、広くひらけてるから、そこなら万が一にが仕掛けてきても対応がしやすいだろう。最悪の場合、河に逃げ込める」

「大橋か……。昼間に渡ったけど、街路樹は……ないよね」

「街路樹……? 何のことだ?」

「あ、いや……。コッチの話……」


 ひとつ首を傾げた明良あきらと、律儀にクミの助言を守ろうとした、美名。ふたりは並んで、福城ふくしろの夜を歩き出す。


「橋の下見をするのが俺ののひとつになった」

「え……?」

「『烽火』の当日は人払いの役をしろ、ともな。の『ヒトの被害を出さない』という言葉は、今のところはひとまず、その通りで進めていくつもりらしい……」


 美名は懐から紙を取り出すと、筆を走らせてすぐ、明良に見せる。


『きかれてる?』


 街の灯りでは見えづらいのか、ひどく顔を近づけ目を細め、やっとに判読した明良は頷きを返した。


「まず間違いなく。一度、『耳障りだから最低限のことだけにしてくれ』と言ってみたら意外と素直で、語り掛けて来る数は減った。しかし、今も聴いてるだろう。さっきも、お前が現れたときにひとことだけ、よく判らないことをつぶやいて来ていたしな」

「それって……、大丈夫なの?」


 美名が戸惑って訊くのに、明良は首を振って応える。


「……間諜を置いても余裕なのか、何かに利用しようとしているのか、どういう魂胆かは知らんが、は承知済みだ」

「承知済み……」

「逆に言えば、ヤツが放っておく限り、俺はまだ、党の核心に触れることができていないってことにもなる」


 そう言いながら、明良も懐中かいちゅうから取り出した紙片に何かを書きつけている。

 美名はその紙片が「神代じんだい遺物いぶつ相双紙そうぞうし」であることに気が付くと、対になる自身の「相双紙」を取り出す。

 なるほど、この遺物は同調時にわずかに光るものだから、乏しい街灯の中、普通の紙よりは読みやすいようだった。


『だから ソッチからの伝達事項はコレを使え』


(明良……。私の「話」を、報告し合いだと思ってる……)


 「魔名解放党」のロ・ニクラに話を聴かれている――。

 そんな中、魔名のことを――「ワ行劫奪」のことを話してよいものか。

 隣の明良が現時点でのを話してくれ、それを聴きながら、美名はそのことにも思いを巡らしていた。


 さて、明良によると、「解放党」の現時点での動向や内実、彼の所見は以下のようであった。


【「魔名解放党」について】

 「解放党」は少し前までは「一文字いちもんじの会」と密かに呼ばれた、魔名教の「類型」だったようである。「主神を崇める」、「他の神の矛盾を明かす」など、説話中心の思想活動だったのがいつしか過激となり、正体不明の「黒頭こくとう」なる者――ニクラが会の実権を掌握していったのだという。

 彼女が提唱したのが、「魔名教転覆」。そして、そのとなる「烽火」。

 「黒頭」の奇怪で卓抜した雰囲気と、迫力ある弁論、思想の虜になっていた「一文字の会」の者たちは当然、彼女の策謀に賛同し、以降、「一文字の会」は「魔名解放党」にあらたまった。

 これくらいの頃から「解放党」では「内部で余計な詮索はしない」が徹底しているらしく、党員に直接に素性を問うようなことは難しい。潜り込んだとはいえ、せいぜいのところ、党員の面相、性別、年恰好が知れる程度。加えて、これは致し方ないことであるが、初日の明良ののせいで党内での信用は皆無に等しく、ゲイル以外の党員に語り掛けても素っ気なく扱われる。


【「烽火」の詳細と予備対策】

 日時、目標は事前に判っていた通り、三日後の夜半、丑の刻。大橋の陥落。

 明良が割り当てられた「大橋付近の人払い」が示す通り、人的被害を狙ったものではなく、あくまで「示威行動」である。「魔名解放党」とが存在することを福城に――居坂いさかに知らしめたのち、魔名教と交渉の場を持つよう働きかけるのだという。

 しかし、ニクラ自身の態度と、クミの直感、そして、「陥落させる手段」を話が聞けた党員のことから、のは明良も頷くところ。みすみす実行させることなく、事前に防ぐのが最良である。

 党の集会に使われている「軒酒屋」を囲んで一挙に捕らえることはひとつの策として考えられるが、これだと党員をすべて捕囚できない可能性が高い。党員の参集離散は巧妙に時間がずらされているためであり、かつ、同じような「集会所」は福城内に複数あるようである。その全容を把握しているのは、ニクラただひとり。

 「陥落手段」が判明すればそれを抑えるのが効果的とも考えられるので、重点的に探る。


 長々と話してくれた明良に対し、美名の方は世間話、どうでもいい与太話を装いながら、「魔名教側」の動向と要望を明良に伝えた。


『魔名教内部のヒト 特に守衛手の身元を洗い直す』

『通常の捕り物をするには人手が足りない 基本的には住民のヒナンで対応する予定』

『明良のトモダチとニクラ以外の党員の特チョウを教えてほしい 魔名教会員のフンイキを感じるヒトを特に』


 頷く明良に、美名は「危ないと思ったら、無理しないで逃げて」と言った。


(聴かれてても構わない。もう、筆で書いてなんて、億劫になってきたもの……)


 互いに連絡しているうちに、ふたりは大橋の中ほどまで辿り着いていた。

 どちらからともなく欄干らんかんに身をもたせ、ふたりは大河と夜空とを前にする。

 満天の星と両月もろづき

 さざ波もたてずにそれらをかえし映す大河の眺望。

 まるで、ふたりの視界を星々のきらめきで埋め尽くすため、大河が図らってくれたようであった。


(明良は、「劫奪こうだつ」の魔名を祝福してくれるかな……)


「……ね、明良」

「ン? 他にもあるか?」

「……違うの。今夜の……『話』って……、ホントは『解放党』のことだけじゃないの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る