大河とふたり 2
「あ……、う……え? 美名……か?」
ほろ酔い客の喧騒とともに、酒場から漏れてくる
「……大橋に行こう」
つと目が合った少年は、少しだけ顔を逸らしてしまうと、そう提案してくる。
「橋……って、あの?」
「そうだ。『
「大橋か……。昼間に渡ったけど、街路樹は……ないよね」
「街路樹……? 何のことだ?」
「あ、いや……。コッチの話……」
ひとつ首を傾げた
「橋の下見をするのが俺の仕事のひとつになった」
「え……?」
「『烽火』の当日は人払いの役をしろ、ともな。ヤツの『ヒトの被害を出さない』という言葉は、今のところはひとまず、その通りで進めていくつもりらしい……」
美名は懐から紙を取り出すと、筆を走らせてすぐ、明良に見せる。
『きかれてる?』
街の灯りでは見えづらいのか、ひどく顔を近づけ目を細め、やっとに判読した明良は頷きを返した。
「まず間違いなく。一度、『耳障りだから最低限のことだけにしてくれ』と言ってみたら意外と素直で、語り掛けて来る数は減った。しかし、今も聴いてるだろう。さっきも、お前が現れたときにひとことだけ、よく判らないことを
「それって……、大丈夫なの?」
美名が戸惑って訊くのに、明良は首を振って応える。
「……間諜を置いても余裕なのか、何かに利用しようとしているのか、どういう魂胆かは知らんが、ヤツは承知済みだ」
「承知済み……」
「逆に言えば、ヤツが放っておく限り、俺はまだ、党の核心に触れることができていないってことにもなる」
そう言いながら、明良も
美名はその紙片が「
なるほど、この遺物は同調時にわずかに光るものだから、乏しい街灯の中、普通の紙よりは読みやすいようだった。
『だから ソッチからの伝達事項はコレを使え』
(明良……。私の「話」を、報告し合いだと思ってる……)
「魔名解放党」のロ・ニクラに話を聴かれている――。
そんな中、魔名のことを――「ワ行劫奪」のことを話してよいものか。
隣の明良が現時点での成果を話してくれ、それを聴きながら、美名はそのことにも思いを巡らしていた。
さて、明良によると、「解放党」の現時点での動向や内実、彼の所見は以下のようであった。
【「魔名解放党」について】
「解放党」は少し前までは「
彼女が提唱したのが、「魔名教転覆」。そして、その先駆けとなる「烽火」。
「黒頭」の奇怪で卓抜した雰囲気と、迫力ある弁論、思想の虜になっていた「一文字の会」の者たちは当然、彼女の策謀に賛同し、以降、「一文字の会」は「魔名解放党」にあらたまった。
これくらいの頃から「解放党」では「内部で余計な詮索はしない」が徹底しているらしく、党員に直接に素性を問うようなことは難しい。潜り込んだとはいえ、せいぜいのところ、党員の面相、性別、年恰好が知れる程度。加えて、これは致し方ないことであるが、初日の明良の悪態のせいで党内での信用は皆無に等しく、ゲイル以外の党員に語り掛けても素っ気なく扱われる。
【「烽火」の詳細と予備対策】
日時、目標は事前に判っていた通り、三日後の夜半、丑の刻。大橋の陥落。
明良が割り当てられた「大橋付近の人払い」が示す通り、人的被害を狙ったものではなく、あくまで「示威行動」である。「魔名解放党」と真の教義が存在することを福城に――
しかし、ニクラ自身の態度と、クミの直感、そして、「陥落させる手段」を話が聞けた党員の誰も知らないことから、これだけでは済まないのは明良も頷くところ。みすみす実行させることなく、事前に防ぐのが最良である。
党の集会に使われている「軒酒屋」を囲んで一挙に捕らえることはひとつの策として考えられるが、これだと党員をすべて捕囚できない可能性が高い。党員の参集離散は巧妙に時間がずらされているためであり、かつ、同じような「集会所」は福城内に複数あるようである。その全容を把握しているのは、ニクラただひとり。
「陥落手段」が判明すればそれを抑えるのが効果的とも考えられるので、重点的に探る。
長々と話してくれた明良に対し、美名の方は世間話、どうでもいい与太話を装いながら、「魔名教側」の動向と要望を明良に伝えた。
『魔名教内部のヒト 特に守衛手の身元を洗い直す』
『通常の捕り物をするには人手が足りない 基本的には住民のヒナンで対応する予定』
『明良のトモダチとニクラ以外の党員の特チョウを教えてほしい 魔名教会員のフンイキを感じるヒトを特に』
頷く明良に、美名は「危ないと思ったら、無理しないで逃げて」と口に出して言った。
(聴かれてても構わない。もう、筆で書いてなんて、億劫になってきたもの……)
互いに連絡しているうちに、ふたりは大橋の中ほどまで辿り着いていた。
どちらからともなく
満天の星と
さざ波もたてずにそれらを
まるで、ふたりの視界を星々の
(明良は、「
「……ね、明良」
「ン? 他にもあるか?」
「……違うの。今夜の……『話』って……、ホントは『解放党』のことだけじゃないの」
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