大河とふたり 1
通りを歩く美名を導くように、家々の灯りがいくつも連なる。
その灯りのひとつから、笑い声。また別の灯りからは、
「……やっぱり、ヒトがたくさんよね。福城だもの……」
笑い返して手を振ってくれた子の姿に、胸が温かくなる。
彼女は今、教会区を出て、
ふたりとも福城には不案内であるが、落ち合うのに適当な場所を探っているうちに、明良も知っている、ということが判り、その店になったのだ。
そうこうしているうちに、美名は飲食店の通りに入っている。
昼とは違って道にまで卓と席が出張り、赤ら顔の人々が食事と会話を楽しんでいる様子。福城の軒酒屋はおおむね賑わっているようだった。
「クミ……。な~んか、変な様子だったのよね……」
美名は当然についてくるものだと思っていたのだが、クミは主塔に残った。
『私は一緒に行かないわ。あの
言葉の割にはどこか楽し気な表情でクミは言ったものである。
『……そうそう、そうなったらコトだから、明良と会うときは屋外にするのよ? ひと立ち回りあってもヒトの迷惑にならないように。できれば、街路樹とかが
「……どういう意味だってのよ……」
しかし、友人の言葉を思い出すと、美名には気にかかりはじめる。
――鏡か窓ガラスはないか?
背負い袋の中には手鏡があるが、
「すみません」
少女は
「……ン? どしたい……。ってか、えらく可愛いお嬢ちゃんだなぁ。それは、『
照れるのを隠すように、美名はお辞儀をする。
だが、その所作は、他の客の注意も引いてしまったようだ。「なんだ?」、「どうしたぁ?」と、そこかしこで声が上がり出す。
美名は顔を上げると、恐縮するようにポリポリと頭を掻いた。
「……どなたか、鏡をお持ちでないでしょうか?」
「鏡ィ……? おぉい、誰か! ご麗人が鏡持ってないかだってよぉ!」
声をかけた壮年の男が大声で訊くものだから、一層に周辺の注意が集まる。
小柄な麗人がさらに身を小さく縮こませる中、ガヤガヤと騒がしくなった客の中からひとり、男が立ちあがった。
「……あ、さて! あ、さて!」
男は妙な囃しをつけ、くねくねと踊りながら、美名に近づいてくる。
「わたしゃ、
「よ、待ってました!
取り巻く客らもおおいに笑い、囃しに合わせて手拍子をつけ出す。
つられて美名も、陽気な空気に笑みが零れた。
「この手にあります小皿はね! ただの小皿じゃございやせん! 不思議な、奇怪な、一品だぁ!」
男は掲げ上げた小皿に、もう片方の手をかざす――。
「ナ行・
彼が詠唱した魔名術は、昼間、
すなわち、所望した美名のため、「ナ行識者」の魔名術で、小皿を即席の鏡に仕立ててくれた――。
「あぁ! すみません、わざわざ……、って……あれ?」
――わけではなさそうだった。
平手を除けられた小皿は、依然、陶器のままである。
「残念、ざんね~ん!」
「え……? あれ?」
パチパチと瞬きをし、呆気にとられる美名。
だが、すぐに彼女は気付いた。周囲がいつのまにやら静まりかえっているのだが――面々の目は笑っている。噴き出すのを
識者の男もニヤリとすると、小皿を裏返した――。
「お嬢ちゃん、そうカッカすんない! ホントの『滑化』はコッチでぇっ!」
男の手の中、小皿の裏面がキラリと光る。
「……だぁはっはっ! やりやがった!」
「からかっちゃ可哀想だろうよ!」
解き放たれたように客たちは笑い出した。腹を抱えて転げまわる者もある。
どうやら、この識者の男が何かしらの仕込みをするであろうことは、飲み仲間たちには判り切っていたことらしい。
美名ひとりが目を丸くしていたのが、皆をさらに可笑しくさせてもいた。
「はいよ、お嬢さん」
「あ、え……?」
喝采に包まれながら、男は美名の手をとると、鏡面化した小皿を乗せてくれる。
「これから『よきヒト』に会いにでもいくんだろ?
「ちょっとセンゾさん! それ、ウチの店の!」
「俺のツケに回しとけぇ!」
「いつまでも払わないツケにかい?!」
場に、また大きな笑いが起こる。
もらってしまっては悪いと思った美名だったが、この楽しい雰囲気に水を差してもよくないと、笑顔で受け取ることにした。
(私もいつかこんなふうに、皆と、お酒を楽しんで飲めるようになるのかしら……)
盛大に送り出してくれる陽気な
チラチラと、小皿の鏡を覗き込みながら――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます