世間知らずの教主と世間ずれした識者の大師 3

「教主様!」

「……はい」


 石造りの階段を上りながら、クミは教主フクシロに声をかける。

 小声ではあるが、この際――後ろに続く「ナ行識者しきしゃ」の大師にも、「解放党」の首魁しゅかいである「ラ行波導はどう」の守衛しゅえい手司しゅしにも聴かれても構わないと、クミは考えている。


「……差し出がましいですが、余計なコトはお話しにならない方がいいと思います……」

「ですが……、タイバ大師ほどの方であれば、きっと力に……」

「モモ大師くらいに、教主様が信頼のおける方ですか?」

 

 金髪の少女は目を見開いて言葉を失う。その様は、クミの問いに「いな」である現れである。


「……だったら、巻き込まない方がいいと思います。クメン様と、可能ならモモ大師と、皆で話し合って見極めていくべきです。……怒ってる訳じゃないんです」

「……判りました」


 今回の騒動における「魔名教」側の陣容は、クミにはだいたい知れている。

 魔名教側で対処にあたれる、あたっている人員は、教主、クメン師、幻燈げんとうのモモノ大師、あとは知らぬが、せいぜいがあと数人といったところであろうと、クミは見立てている。驚くほどに少ない。

 そして、魔名教側の指揮者は、


……! 異変に最初に気付いたのも、経過を探ったのも、「客人まろうど」を探すよう、教主様を通じてクメン様に密命を出したのも、全部、あの老獪ろうかいで妖しげな大師……)


 「叱責しているわけではない」とは言われたものの、どこか気を沈めている様子の教主を、小さなネコは見上げる。


(……言っちゃあなんだけど……、このはまだ、。いい娘はいい娘なのよね……。責任感もある……。でも、あのモモ大師や後ろのおじいちゃん大師を上回るプライドと威厳と経験が、まだこの娘には備わっていない!)


 螺旋らせんの上り階段の途上、クミは後ろを振り向く。

 教主が入塔を許可したタイバ大師は、壁に手をつき、息を切らせながら階段を上り、ようやっとのていでついてきている。


(……正直いえば、この塔には完全に信頼できる味方以外、と思う……。けど、入っちゃったものはしょうがない……。おじいちゃん大師は「解放党」ではないみたいだし、キリがいいところで帰ってもらうしか……)


「いやあ……はぁ……。来るたびにツラくなってきますな、この塔は。まるで、わしを拒んでいるかのようじゃ」

「……大師の御術おんじゅつをお使いになれば……」

「……フクシロ様。確かに、靴裏に『ナ行・弾化だんか』でも施せば、この老体でも軽く上れましょうな。ですが儂は……、先代の教主様の頃から、この階段に願掛けをしておるのですよ。一段一段を自身の足で踏み上がることで、我が信念も踏み固められ、強固になっていくと……」


 上り段の途中、塔の中心に向かう道に入り、三人が入室した部屋は――「内証ないしょう室」とは違い――採光穴も開閉式の窓もあり、灯りも豊富、華美かびしつらえ物も多い、立派な迎賓げいひん室であった。

 卓につき、教主フクシロが手ずから供した茶をすすってひと息吐くと、大師は卓上のクミに、抜け目ない視線を投げ寄越して来る。


「……フクシロ様。この毛艶けづやのよきアヤカムは、どこかからの献上物ですかな?」


 しわだらけのおもてに隠されたひとみが、好奇を隠さずにクミを見据える。


(来た、来た、来ちゃったよぉ……。しかも、なんの助走の話もナシよぉ……)


「明かしますとなぁ、教主様のところに参ったのも、本当はこのアヤカムが目当てだったのですよ、わしは……」


(私が目当て……?)


「稼業の賜物たまものか、教区外でも広く、儂には情報が集まりやすいのですよ。それで、儂の耳にも入っておったのです。『人語を喋るアヤカムが福城に入ったよう』じゃ、と……」

「……」


 生きて居坂を旅する以上、黒毛のネコは目立つ存在であることには変わりがない。ヒトの噂に上るのは、仕方がない。

 教主フクシロが煙に巻くようにうまく立ち回ってくれれば最善だが、金髪の少女は老大師の威圧に圧されたのか、クミからのふたたびの叱責を怖れているのか、所在なさげにふたりに目を配るばかり。もはや、彼女のその様子が、「クミは人語を解す」と答えているに等しい。

 しかし、今回は彼女ばかりは責めきれないと、クミは自認している。

 さきほど、クミ自身も声を上げ、タイバ大師に聞かれることを承知の上で教主と話していたのだ。こうなることも覚悟はしていたのである。


(この老練そうな大師相手に……、上手くやるのよ、私……)


 新たな覚悟を決め、小さなネコは口を開く――。


「……クミです」

「……ほう。喋りましたな」


 ニンマリと破顔して大師は、教主フクシロへと顔を向ける。


「……鸚鵡おうむ鳥のように、ただ覚えた音を返すだけなのですかな?」

「……私は、ちゃんと考えて話しています……」

「ふぅむ。『客人』様では……」

「……ないです」


 これまでも基本的には「客人」であることは隠してきたが、教主との邂逅かいこうを経て、クミはより強い意志で否定することにしようと決めていた。

 教主と縁故を得られたことで、追い回され、捕えられ、魔名教に突き出される可能性は減ったであろうが、「変理へんり」という「客人の力」に目をつけられ、要らぬ危険を呼び寄せてしまう可能性が新たに生まれている。しかもこちらのほうが、もっとである。

 だからこそクミは、タイバ大師に向けても即答をしたのだ。

 しかし――。


「ふむ! なおよい!」

「……え?!」


 「客人ではない」と聞いて、タイバ大師は嬉々とするのであった。

 そうしてネコを眺め、顎鬚あごひげを撫でながら何やら独り言を呟いている。


「……特徴からすると、寒冷地域ではなさそうじゃの。砂漠か、山か……。混沌大陸かもしれん。いずれにしろ喋れるのであれば、群生地に案内あないしてもらって、繁殖させ……」

「あ、あの……?」

「タイバ大師……?」


 つと気付いたように顔を上げると、タイバ大師はうかがうような目つきをして「フクシロ様」と呼び掛ける。


「このアヤカム、儂に売ってくれませんかの? お好きな値で構わん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る