世間知らずの教主と世間ずれした識者の大師 4
「…‥えぇ?」
「はぁ? な、何を……」
「『
宙に浮かぶ金を数えるように視線を遊ばせるタイバ大師に、クミの開いた口が塞がらない。
「あまり近いと虚弱や奇形になるからのぉ、繁殖には二、三十はおるといいんじゃが……」
(こ、このおじいちゃん……。『カネの亡者』だわ……。しかも、少しも悪びれてない。クシャの悪徳教会堂師どころじゃない、
クミは教主フクシロと目線を交わし合う。
嬉々とする老大師を目の前に、ふたりは困り果ててしまっている。
「タイバ大師……。クミ様は……私の愛玩ではありません。売るなどということは……」
「……すっごい気分悪いです!」
「……ほう? 自らに値をつけられるのが、嫌かのう?」
「当たり前です! お金で売り買いされるなんて、考えたくもない!」
タイバ大師は口元で笑うと、茶椀を手に取る。
「……『クミ』というのは、『
「『魔名』でも『仮名』でもありません。私の……、私だけの名前です!」
「……ふんむ。なら、クミ様よ。お主様は
大都――。
大都大陸最大の都市。かつての王制国家の首都。今は特例として、どの教区にも属さず、司教の直轄する都市である――。
「……ないですけど? それが何か?」
タイバ大師は茶をすすると、「ふふん」と鼻で笑ったようだった。
「大都の町では、年二回、奴隷品評大会が実施されとる……」
「奴隷……」
クミはその言葉を口に出すと、胸の中にどうしても嫌な物が伝って行く。
彼女は「奴隷」という言葉を、「強制的にヒトを隷属させる身分制度」と理解している。しかし、「大都の町」における「奴隷」はそうではない――。
大都の奴隷制度とは、「徹底した能力査定により金銭での適正取引が厳守され」、「雇用側は奴隷を庇護する目的の多くの義務を負い」、「雇用期間を終える、または奴隷側から残勤務分の対価を払われた際には、即座に自由の身にし、
これまでの旅の中でそれを知ったクミは、美名に訊ねてみたことがある。「奴隷はやめさせるべきだよね?」と。
すると、美名は「なんで?」ときょとんとしたものである。それで「どうしてクシャの教会堂師にあんなに怒ってたの?」と問いを続けると、「正規に仲介せず、有無を言わさずに人々を捕えていたことが許せない。本人はもちろん、自分で選択して誇りをもって稼業として奴隷についているヒトたちをも冒涜していた」とのこと。
奴隷制度自体は、美名も是としていたのだった――。
「……その品評大会では市内で働いている者、売りに出されている最中の者……、全ての奴隷を対象として査定がなされ、値段の格付けがされるんじゃよ」
「……」
「身なり、相貌、性別、年齢、出身、学力、運動能力、記憶力、発想、器用さ、特定の仕事への熟練具合、魔名術……。奴隷の能力のありとあらゆることが調べられ、評価され、値段が決まる。この品評大会、『中止しろ!』という声が奴隷たちから上がると思うかね? クミ様よ」
「そういうわけじゃ……ないんでしょうね……」
「そうじゃよ。むしろ、この品評大会に向けて、自らを高めようと努力する奴隷の方が主流じゃ。値段を一円でも上げるため、少しでも評価を高めるため、鍛えぬく者たち……。順繰りに格付けが発表される大会当日は盛り上がるし、評価額十傑に入った者たちの誇らしげといったら……」
「それと……私が売られるどうのこうのの話と、何のつながりがあるというんですか?」
「居坂は、『
「……タイバ様、クミ様は……」
「『客人』様なんですじゃろ?」
教主の言葉を遮るようにして、タイバ大師は鋭い視線を投げた。
「……まったくの無知でもなく、居坂の常識とはズレた、しかし確固とした自我をお持ちでおられる。アヤカムや獣ごときがこのような知恵を持ってしまっているのであれば、今頃、居坂は戦争の
「ほっほっほ」と
ふたりは無言で意見を合致させた。
「安心してくだされ。……『客人』様となれば、買いたいという話もなくなってくるわい」
明らかに先ほどよりも興味を失った目でクミを見据えながら、タイバ大師は告げた。
「……どういう意味ですか?」
「『価値がなくなる』という意味じゃよ。お主様のようなアヤカム、儂も見たことはないが、繁殖はできるのかのう?」
「……たぶん……できないわ……」
「……であれば、居坂に『喋るアヤカム』はお主様ただひとり。『客人』としてただ一頭。断言できるが、居坂には神様を金で買おうとする者はおらん。ヒトがお主様にとる行動は二択じゃ。ただ崇めるか、力尽くで奪うか。お主様に値段は……つかんわい」
(興味を失くしてくれたみたいなのは、まあいいけど……。なんだろう、『価値がない』と言われるとそれはそれで……ムカつくわ……)
それからタイバ大師は、「『神世』について話してくれ」とせがんできた。
実際のところは早目に出て行って欲しかったが、この話題には教主フクシロも大いに興味がそそられたようで、矢継ぎ早に質問してくるふたりを相手にしているうちに、結局はクミは「神世を語る」ようになってしまっていた。
さてそうして、
リーン、ゴーン
主塔の入り口前にヒトが立ったことを報せる鐘の音が、クミの「語り」に割って入ったのだった。
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