世間知らずの教主と世間ずれした識者の大師 2

「いえ、タイバ大師こそ、お目通り久しく、御達者な様子で何よりです」

「はっは。これでも、妻の勢いには負けが続いておりますのでな。あんまり持ち上げんでほしいものです」


(大師……? 『十行じっぎょう大師たいし』のひとりなの? このおじいちゃんが……?)


 タイバ大師は、どこにでもいそうな老人であった。

 小柄で痩せぎす。しわが多いが、それがなおのこと、彼の表情に深みを加えている。

 本人の姿容すがたかたち以外の特徴をみるなら、まずは、魔名教会員の証である白の外套衣。クミもこれまでいくらか、このころもを見てきたが、この大師が身に着けている白衣はひときわ、「豪華」である。

 白い生地は絹であろうか、それともクミの知らぬ素材であろうか、陽光を直接反射するのでなく、ヌラリとした独特の光沢を放っている。加えて、金糸、銀糸がふんだんな織り装飾も施されていて、華美そのもの。

 さらには、外套衣の隙間からチラチラと見える筋張った五指ごしも目につく。正確には、その指にまとう、指輪宝飾が、であった。

 大きい石、輝きの強い石、細やかな意匠いしょうの金細工、さまざまにきらびやかな指装飾――。


(う~ん……。コテコテの、「成金なりきん」のイメージねぇ……。それに……)


 クミにはもうひとつ、タイバ大師の気になる点があった。

 それは、絶えず浮かべられたまま、寸分も形の変わらない笑顔――。


胡散うさん臭いのよね……。胡散臭すぎて、逆に、マトモに見えてくるくらいだわ~……)


 それでも、現在は目下、「魔名解放党」の件を抱えた(内密ではあるが)非常時である。教主フクシロは主塔入り口ぎわでのこのやりとりで切り上げるものと、クミは当然に思っていたが――。


「……ちと私用で本部まで寄ったもので、フクシロ様にもご挨拶しとこうと思いましてな。いや、突然のおとないで驚かせてしまったみたいで申し訳ない」

「いえ、いえ。それでは今、御通ししますね」


 教主フクシロが、「わか」の門のすぐ横、「分つ環」本体に届く「穿うがち口」へと、白んだ手を入れ込む。


(えっ?!)


「いつ来ても、この宣誓ばかりは面倒ですなぁ。ええと……。わし、『ノ・タイバは我が信念に基づき、居坂の幸福に寄与します』……」


(えっ?! えっ?!)


「……はい。タイバ師と、その心が『分つ環』を潜ること……」


(えっ?! えっ?! えっ?!)


「……ちょっと!」


 思わず、クミは大声を張っていた。

 決して広くはない主塔の「入り口の間」に響いたその声は当然、教主フクシロとタイバ大師の注意を引き、黒毛のネコにふたりの視線が注がれる。

 クミはまず、教主を無言で見上げる。

 「そうじゃないですよね?」と、非難する意を込めた視線である。

 そして、目線は返さないものの、タイバ大師の視線に気を配る。肌に刺さるように感じるほど、老人は自身を見つめてきている――。


(くぅ……。「客人まろうど」云々が、また始まる予感……!)


 見つめ続けるネコの瞳から、金色こんじきがみの教主は、彼女の意図をらしい。

 ハッとしてタイバ大師に向き直る教主の少女。


「……タイバ大師。申し訳ありませんが、も、宣誓していただいてよろしいですか?」


(えっ……?!)


「まな……かいほーとー? なんですかな、それは……」

「今現在、『魔名解放党』という集団に属する者を、探しているところなのです」

「ふむ……」


(ち……、ちがーう!!)


 クミはまた咄嗟とっさに声が出そうになったのを、なんとかこらえた。


(教主、フクシロ……! この、マズいわ! だわ! 仮にこのおじいちゃん大師が『解放党』の一員だとして、んなこと言われたら一気にこの場が修羅場になるっての!)


 しかし、クミの危惧は、現実とならずには済んだ。


「よう判じませんが……、『儂、ノ・タイバは、まなかいほーとーに所属はしておらんこと』、誓ってこの門を潜りたく願いましょう」

「……はい。ノ・タイバ師と、その偽心なき宣誓の通過を許可します」


 こうして、タイバ大師は『分つ環』の門を弾かれることなく通過した。

 すなわち、大師の宣誓はと、神代じんだい遺物いぶつが保証したわけである。


(まぁ、まぁ……、結果オーライかな? ひとまず、このおじいちゃん大師が『解放党』でないことは確定したんだし……)


 だが、この来客の問題はもうひとつ残っていた。

 入塔した老大師は、教主フクシロの背後、薄闇に溶けこむような黒毛のアヤカム目掛けて真っ直ぐに歩いてくると、元々曲がっている腰をさらに曲げて覗き込んでくる。


しゃべるアヤカムとは……」


(ゲェッ! 忘れてくれてなかったか……)


「これは……価値がありそうじゃわい……」


 タイバ大師の顔に浮かんだ笑顔に、クミは不安を煽られる。薄開かれたまぶたあいだまなこの奥底、何かを企むかのような、いやらしい光。

 だが、なぜかしら、胡散臭く感じた先ほどまでの笑顔とは違って、今の顔のほうがよほど大師にと、クミには思えた。

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