少女と少年とネコ 福城編
再会と疑心
驚きで固まる
「……明良! 元気そうでよかった!」
「髪も……あと背も、ちょっと伸びたんじゃない?!」
「あ、ああ……?」
今の今まで、明良は殺気立っていた。
別の部屋でもあるのか、
この室を脱する――。
その一念のもと、「
だが、彼のその血気は水袋に穴が開いたように一気に流れ出し、どこかに消え去ってしまった。
刀から離した明良の片手をとり、ブンブンと上下に振る銀髪の美名。
ランランとした色違いの
彼の心に穴を開けた、
ひとしきりの驚きを終えた明良の胸中には、
しかし――。
『よケいなコとは、しャベらナイほうがイい』
耳鳴りのような声音がその想いを
明良は室内を見渡し、次いで室の入り口へと目を向けた。
そこにはまず、ひとりの見知らぬ男。彼は整った面相に穏やかな笑みを浮かべ、自分たちを見ている。
そして、もうひとり。男の背後に立ち、刺すような視線を寄越して来ている守衛手姿の少女――。
「きさ……」
『しゃべルなと言っテいる』
明良が激するのを制するように、またも耳鳴り声がした。
『こっチにも目を向けないで』
(なんだ……? この、頭に直接響くような声は……!)
命じるような語り口、初めは高低入り交じって調子の外れた気味の悪い声色だったのが、少女の声へと変化してきている。
時を経て安定してきたその声音は無論、
『……明良くんにだけ聴こえる、指向性の
「どうかしたの、明良?」
明良が黙り込んでしまったのと、目線を固めている様子に、美名はチラリと背後を見遣った。
明良の目線を追った先は、牢部屋の入り口。
「ああ……、あの方たちは、魔名教会のヒトよ。名づけ師のクメン様と、守衛手司のニクラ様」
美名は、少年が未知のヒトを気にかけたらしい、と思ったようだった。
『私を見すぎないで。ごまかして』
(……クッ!)
明良は目線を落とし、歯噛みする。
(クソッ! アイツだけだったら、何とかなるかもしれんが……)
美名たちの背後をとっているのがニクラだけなら、まだいい。
「
そう考える明良には、しかし、隣の男――クメンが不気味である。
美名の言葉通りであれば、「名づけ師」。「名づけ師」は「
「ホント、どうしたの? 顔色が悪いわ」
「ってか……、何してたのよ、アンタ。こんなところで……」
もし、あの男がニクラと通じる者であったなら?
ニクラを打ち倒すのに専心してる
疑心の明良には、ニクラに斬りかかることも、彼女の本性を暴き立てることもできず――。
「……なんでもない」
心中穏やかでないまま、
「ここでは……、その……アレだ。手ごろな壁があったから、少し『
「鍛練て! 手ごろな壁て! 節操ないわね! 時と場所を考えなさいよ!」
笑い飛ばすクミだったが、明良の表情が冴えきらないことに美名は気付いた。
自分たちを邪険に思っているわけではない。一瞬だけ垣間見えた彼の青灰色の瞳の輝きは、明良が自分と同じく、再会を喜んでいることを物語っていた。
しかし、それも今やなく、少年は目を伏せるばかり。
「明良……?」
「どうも、明良さん。はじめまして」
戸口からやってきて、クメン師は言う。
「オ・クメンと申します。美名さんとクミさんには、大変お世話になりました……っと、これは失礼」
当然、明良は彼の右腕の「
(拳が……ないっ?! まさか……)
「札囲い」――手首から先を
それで連想されるのは、赤髪の
(声も違う、容姿も違う、体格も違う。だがヤツは、「
「ラ行波導」でニクラから散々に化かされたばかりの明良には、全てが怪しく思えてくる。そして、その疑心は極まり――。
(もしや……、この美名も、クミも……)
「幾旅金」を握る手に力を込める明良。
だが、それと同時に、明良はもう一方の手にも強い感触を受ける。
美名が握る手。
彼女が、明良の左手を強く握りしめてくる。そして彼女は、真っ直ぐに明良を見つめてもいるのだった。
その紅い瞳に映る自分自身の姿に、明良は確信する。
(いや……、美名は……美名だ!)
「……明良。俺は、明良だ」
少年の返答に、ニッコリとするクメン師。
明良は彼の下げられた右手をチラリと盗み見る。
(「札囲い」は右手か……。ヤツではない……とは、言い切れん。コイツは……どっちだ?)
疑心が晴れきらないままの明良は、またも左手に感触を得た。手のひらをなぞられるような感覚。
美名である。美名が明良の拳を開き、自らの指を走らせているのだ。
「なに……」
言いかけて、明良は少女の面差しにハッとした。
息を止めるようにジッと明良を見つめ、瞬きさえしない。その真に迫る表情に、明良は目線を外すことができない。
(美名、どうしたんだ……?)
少女は見つめてきながら、明良の手に指を走らせ続けている。
(なんだ……? 何か、書いているのか?)
「実は、これから美名さんたちと出向くところがあるのです。明良さんにも同行頂けるとよいのですが……」
「出向くところ……?」
顔を向け、クメン師に応じながら、明良は手のひらに感覚を集中する。美名が伝えようとしていることを判じようと、研ぎ澄ます。
(『イ』……。『刀』……いや、『九』か……?)
「はい。教主様のもとへ……」
「教主……。俺がか? 美名たちと……クメンと、ニクラと?」
「はい」
(『イ』、『九』……。『仇』……? 『
ハッとして、明良は美名に目を移す。
彼女はひとつ瞬きをして、少しだけ首を傾げた。その、問うような仕草――。
(『敵がいるのか?』と
顔をクメン師に戻した明良は、しかし美名に目線を残したまま、大振りに頷いた。当然、美名の問いに対し「その通りだ」と返す意を込めて――。
「よかった。では、このまま向かいましょうか」
明良の頷きを「同行に了解」と受け取ったクメン師は、顔を輝かせる。
対照的に、明良の頷きを「敵はいる」と受け取った美名は、眉根を寄せ、訝しむような顔になる。
そうして横目で、戸口に立つ守衛手司の様子を窺った――。
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