福城の守衛手司と迎賓館 2

「なに、あの? すっごいカンジ悪い……!」

「激しい性格してそうだったねえ……」


 「ニクラさんと仰います」と、クメン師が苦笑して紹介する。


「あの若さで福城の守衛しゅえい手司しゅしになられたのは、異例だそうです。双生そうせいの妹さんがいらっしゃって、姉妹揃って大変優秀なのですよ」

「双生って……双子ふたごか。ゲェ……、あんなのがもうひとり居るんですかぁ?」

 

 クミの憤懣ふんまん収まらない様子に、名づけ師の青年も困り顔である。


「……わたくしの無理なお願いに自ら悪辣あくらつを演じ、そちらに印象を強くして、結果として通してくだすったのですよ。手下てかの手前ですから。どうか、彼女には根に持たないでいただけますと助かります」

「クメン様はヒトが良すぎます! あれはただの性悪しょうわるガールだわ!」

「……『ショーワルガール』ってよく判らないけど、響きが可愛いね」

「美名はそんなのに興味持たなくていいの!」


 話しつつ、一行は時折クミが挟む、「こっち」、「そっち」という声に従い、「教会区」内を歩いて行く。彼女は自身の首元にがる「指針釦ししんのこう」に基づき、道案内をしているのだ。

 「教会区」に入ったはいいものの、敷地は広く、ヒトの往来はまったくといっていいほどない。人目を気にせずクミが発言できるのはいいのだが、「黒髪の少年の行方」をヒトに尋ねることもできない。

 ゆえに、今はただ、遺物の指針に従うのみだった――。


「ここかなぁ……。この建物……」

「ここ……ですか……」


 そうして、美名たちはひとつの石造りの建物の前に到達した。

 道々見かけた建物の基本は白塗りで、控えめながらも「聖十角形」をはじめとした装飾もかたどられ、「魔名教会」然としたものが多かったのが、今、一行の眼前にある建物はどこか殺風景で、うら寂れているような感をかもしている。


「この『迎賓館げいひんかん』にいらっしゃるのでしょうか……。明良あきらさんは……」

「『迎賓館』……? え……?」

「えぇ~……? 明良、お客さんとして歓待でも受けてるってワケ?」


 目をしばたたかせるふたりに向かって、クメン師は「いえ」とかぶりを振った。


「『迎賓館』っていうのは、その……、ちょっと洒落しゃれを利かせた通り名とでもいいましょうか……。この建物は、『高貴身分、高位魔名術者向けの収監所』なのですよ……」

「しゅ、収監所ッ?!」


 美名とクミの驚きの声が揃う。


「はい……。かつてあった『貴族身分』向けですから、内部は整然としていて、過ごすには申し分ない設備のようです。しかし、申したとおり『収監所』――その実は『牢獄』ですので、しかも『高位術者』向けでもありますから、至極しごく堅牢けんろうで、厳重禁固を用途とする造りと聞き及んでいます」

「えぇ~……? 明良、捕まったってことぉ……?」

「……」


 驚愕し、困惑するふたりに、クメン師はまたもかぶりを振った。


「脅かした風で申し訳ありません……。明良さんが捕囚ほしゅうされている訳ではないでしょう。この『迎賓館』は長らく、『牢獄』としても、『収監所』としても使われていません。わたくしは内部に入ったことはありませんが、大体の部屋は開放されていたはず。明良さんは、中を見て回ってでもいるのではないでしょうか」

「えぇ~……? 明良、そんな呑気のんきしてるのぉ? それもそれでどうなのよ……」

「……とにかく、中にいるのは間違いないです! 行きましょう!」

「おぉう……。美名が勢いづいたよ……」

 

 美名を先頭として、一行は「迎賓館」に立ち入っていく。

 それから少し経って――小柄な人影も、人目を忍ぶようにして館に入っていった。



「この部屋かしら。サガンカのときと一緒で、針の色、もうすっごい、真っ赤っかよ」


 鉄製の引き手が埋め込まれた、重々し気な石戸の前でクミは言った。


「でも、いかにも『牢』ってカンジの扉よね……。これ、ホントに明良いるのかしら……」

「よ~し、入ろう、入ろう!」


 勢いそのままに、美名が引き手に指をかけたときだった。


「待ちなさい」

「え?」


 地下階の廊下を木霊する声。

 続けざま、カッカと響き渡る、歩行音。

 暗がりより姿を現したのは――。


「……ニクラさん!」

「ゲェ……」


 守衛手司の少女、ニクラであった。

 近づいてきた彼女は憤然ふんぜんを隠そうとはせず、「クメン様?」と強い調子でとがめる。


「……困ります。無用な場所には立ち入らないよう、念押ししたはずですが?」

「ああ……、申し訳ありません。実は、ヒト探しをしておりまして……」

「ヒト探し……?」


 だいだいがみの守衛手司は、片眉を捻じれさせ、美名をチラリと見やる。

 それに応じたように、美名が「そうです」と声を張った。


「私たちのともがらが……、友人がこの中にいるはずなのです」

「黒髪、青い瞳、目つきが悪くて刀を背負って! もしかすると、この暑い季節の中、真っ黒な服着た男の子がね!」


 小さなクミも追随する。

 守衛手司ニクラは、その言葉を聞きつけると発言内容よりもまず、発言者相手に目を丸くした。


「は……話した……? 愛玩あいがん……いえ、アヤカム……?」


 取り繕うように、名づけ師クメンが咳払いする。


「……すみません、ニクラさん。この方は『客人まろうど』のクミさんです。そしてこの方は、彼女のちかしともがら、美名さん」

「……まろうど……」

「おふたりとも教主様の賓客ひんきゃくになります……。先ほどは明かさず、申し訳ありません……」


 ニクラはさらに目をみはって黒毛のアヤカムを見つめる。

 傍らの美名は、守衛手司のそのまるい瞳の中、単純な驚きとは別の、暗雲が垂れこめたような色を、またも見た気がした。


「彼女たちの友人……、少年で、明良さんと仰る方がこの室の内にいらっしゃるようなのです」

「え……? あ、いや、そんなことは……この館には、そのような者は……」

「絶対にいるわ! この遺物いぶつの性能は折り紙つきよ!」


 守衛手司ニクラは、思いつめたような視線を美名たち一行のそれぞれに、順繰りに移していく。その視線の周回にはいつの間にか、閉ざされた石戸も加わったようだった。


「か、鍵が……」


 思い出したかのように言うと、ニクラは美名たちの間に分け入るようにして戸にとりつく。引き手に手を掛け、グッグッと力を入れる様子だが、その石戸が開く様子はない。


「ご覧の通り、この戸には、鍵がかかっています。誰かが立ち入る余地などは……」

「います!」


 美名の断言に、ニクラの喉が鳴る。


「……ニクラさん、もしも鍵をお持ちでしたら、開けていただいてもよろしいでしょうか? 彼女たちが確信することは、わたくしも確信するところです」


 名づけ師にわれ、逡巡のようながあったあと、守衛手司は腰元から鍵束を取り出した。

 複雑な形状の鍵を迷いなく選び取り、引き手上部の錠に差し込む。

 たったそれだけの動作だというのに、守衛手司は呼吸を深くし、厳かな儀式であるかのようにゆっくりと開錠するのであった。

 そうして、ようやくにして開かれた「牢」の部屋の内では――。


カン、カカカン、カン!


「……ッらぁッ! せいぁッ!」


 として想像していなかった光景が拡がっていた。

 蝋燭の火が揺らめく、地下室。

 いくつもの切りあとが刻まれた、石壁。

 こちらに背を向け、白刃の閃光を間断かんだんなく放つ、少年。


「ちょ、ちょっと……明良……? だよね? 何してるの?」

「……ン?」


 黒髪の少年の横顔が戸口に向く。


「え? 美名と……、クミか……? なぜ、え? ど……、え?」

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