酒飲み場の通りを歩く少年たちと最悪の光景

 ともすると、拘束される可能性も考えられ、そして、その際は「魔名解放党」の根城内だろうが抵抗する心積もりをしていた明良あきらだったが、案外にも、彼は呆気なく解放された。


「我らの集まりは強制でも暴徒でもない。明良くん自身の意志で参加しなければ、『烽火ほうか』も『信仰』も意味がない。仕事だと割り切れるのであれば、賃金を払う用意もある。酒手さかても出そうか?」

「……」

「……まぁ、ひとまず考えてみればいい」


 そうして明良は、ゲイルとふたり、秘密集会の地下室を持つ軒酒屋のきさけやをあとにしたのだった。


「ひやっとしたぜ……」


 夜のとばりが落ちても、未だ続く蒸すような暑さのためだけではないであろう、ゲイルが額に汗を浮かべながら零した。


「お前もなかなか短気だからな。暴れ出すんじゃないかと……」

「……ゲイル」


 黒髪の少年は立ち止まる。


「経緯を聞かせろ。あの集会に参加するようになった、経緯を」


 相手の友人も立ち止まった。

 下を向いた顔は、重々しい色を浮かべている。


「お前が村を出て行ったあと、俺もすぐヤマヒトを出たんだ。最初は、『大都だいと』の町に向かうつもりだった」

「……親父さんと喧嘩したか?」

「……それもあるが、大元は……、なんだろうな。『これでいいのか』ってずっと思ってたんだよな」

「『これで』……『いいのか』……?」


 「歩きながらにしようぜ」とゲイルが言い、ふたりは軒酒屋ばかりが連なる道を、並んで歩きだす。

 酒飲み場から聴こえてくる喧騒。

 肩を落とすように並び歩く、ふたりの少年。

 ほんの数歩を隔て、左右の光景に流れる空気は、朝と夜ほどの違いがあった。


「ウチは伐採業ってことは知ってる。俺の『自奮じふん』が、稼業に向いていることも知ってる。だけど、『そこ』が見えたんだよ」

「底……」

「俺の旅路は、このまま行けば決まりきってる。親父みたいにヤマヒトの村で木を伐り続けて、誰かと夫婦になって、子を育てて、いずれ魔名を返す。親父の姿が俺の未来なんだって、いつの間にか思うようになってた。そして……、それがイヤになった……。だから、『大都』で……大きい町で、色々試そう、自分がしたいことを見つけてみようと思って、村を出て来たんだ」


 明良は複雑な気持ちを抱いた。

 「記憶がない」明良からすれば、故郷である村があり、拠り所である家族を持つゲイルのその言葉は、なんとも贅沢な我儘わがままのようにも聞こえる。

 しかし、安易にそんな言葉をかけられはしない。

 隣の友人の面持ちは、ひどく沈んでいたからだった。


「明良はクルナの村って、知ってるか?」

「あ、ああ……。ヤマヒトから近い村だな。『大都』に向かう道で通りすがる……」

「そう。俺もそうだった。『大都』の町に向かう途中で立ち寄った。そこで俺は、トジロ様っていう名づけ師と出会ったんだ」


(トジロ……。またその名か……)


「トジロ様は『名づけ』のためにクルナの村にいたんだが、それとは別に、村の若いやつら相手に『主神の教え』を広めてたんだ。誘われて俺も、興味半分で参加してみた……」

「名づけ師が……異端の教えを広めていたのか……」

「異端じゃないさ」


 ゲイルが言い切る言葉は、強いものだった。


「『魔名は不要だ』、『ヒトは皆、主神のみの加護のもと、等しく旅路を歩んでいける』……。魔名に囚われない『自由』。自分自身で稼業を、旅路を、誰もが選んでいける『平等』……」

「……」

「『コレだ』と思ったんだ。俺のやりたいことはコレだ。俺みたいなヤツが、俺みたいに悩まなくて済む、自由と平等の世界を作る。居坂いさかを変えて、導いていく一員になる……。俺の熱意に応えてくれて、トジロ様はこの『福城の守衛手』の仕事を紹介してくれて、同志とも引き合わせてくれたんだ……」

「……ゲイル……」


 ゲイルは立ち止まって明良に向き直ると、その肩口を掴んだ。


「『くろ未名みな』だって、『未名』だってことでイヤな目に遭ってきたろう?! 『記憶ナシ』も何もかも、魔名のせいだろう?!」

「ゲイル……」

「お前になら判るはずだ! 魔名教はもう、人々を導きなんかしやしない! 支えになんかなりやしない! 居坂には、本当の神様が必要なんだって!」

「ゲイルッ!」


 明良の怒鳴りで、ふたりは睨み合いながら黙りこむ。

 道脇にも張り出している屋外席の軒酒屋の客たちも、何事かと好奇の目を集めはじめてきた。


「……俺たちの仲間になってくれ、明良」


 静かな誘いを無視するように、今度は明良が「歩こう」と促した。

 また元のように、ふたりは歩き出す。


「……俺は、魔名教には何のよしみもない。居坂の屋台骨がどうなろうが、俺個人はどうということもない……」

「だったら……」

「だが、俺が決して見過せないのは、誰かが傷つくことだ。私利私欲、ただ自分のために画策する何者かのせいで、誰かの平穏が犠牲になることだ……」


 明良は赤髪の大師の姿を思い浮かべる。

 思い浮かべるだけで、歯噛みしたくなる相手――。


「被害は出さないとあの黒頭巾は言ったが、『烽火』とやらは、本当にヒトを傷つけないのか? 『魔名教を打ち倒す』とやらの過程で、誰かが不幸に見舞われないか?」

「……」

「あり得ないと……俺は思う」


 明良は顔を上げた。

 その表情は、宵闇よいやみ虚空こくうのなかに何か定めがあって、それを睨みつけてでもいるかのようであった。


「俺は……止めるぞ……。『烽火』を」

「……無理さ」

「無理だろうがなんだろうが、俺の心が止めると決めたんだ」


 黒髪の少年は立ち止まり、虚空から隣人へと顔を向ける。

 相手は応じず、明良を置いて行くように、ただ足元を見ながら歩みを進めていく――。


「……ゲイル、お前はあの集まりから抜けろ」

「……」

「いいな、ゲイル! 抜けろ!」


 去り行く友人の背を見つめる明良。

 その心中には、友人に向けて「幾旅金いくたびのかね」を突きつける最悪の光景が、瞬間だけぎっていった。 

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