福城の守衛手司と教会区 1

(人手が要る……ッ!)


 曙光しょこうに包まれ、「幾旅金いくたびのかね」を振る鍛練をしながら、青灰せいはい色の瞳の少年は考える。


(三日後の「烽火ほうか」――福城ふくしろ内の大河にかかる大橋を陥落させる策謀を止めるには、俺だけでは足りんッ!)


 場所は福城近郊。

 耕作の放棄地であろうか、背丈の低い雑草が生い茂る土地のそばに、これもまた放棄されたのであろう、朽ちかけた小屋を見つけた明良は、そこを仮の宿とした。

 希畔きはんのボロ小屋も同様の経緯で見つけた、いわば、明良の常套じょうとう宿営手段である。


首魁しゅかいの黒頭巾の正体を探り出し、捕らえる手もあろうが……、あの集団は、それだけで止まるものか? 「烽火」を取り止めにするか?)

 

 ――保証はない。

 むしろ、まとめ役を失えば、異端の集団――「魔名解放党」の党員たちは、無秩序な暴挙に出る可能性も考えられた。


(最低でも、あの場にいた者たち全員を……、その時までにまだ残っていればゲイルも含めて! 一挙に捕えなければならない! そのために人手が要る!)


「三百ッ……!」


 規定まで刀を振り抜き終えた黒髪の少年は、上着そでで額の汗を拭い、白刃をさやに納める。


「……守衛手か……? ゲイルを避けるならば、南門以外……」


 「幾旅金」を背に負うと、木々の上に張り出すようにそびえる十一本の白い塔を見上げ、明良は歩き出した。


 *


 守衛手。

 居坂いさかのある程度以上の規模の町には、魔名教会のこの部門が置かれるのが常である。

 勤仕する町の防衛、防犯、警戒、近郊のアヤカム狩猟の役目を担い、住民の平穏と秩序の維持に務める、「町の守り手」である。

 「附名ふめい手」や「他奮たふん手」と違い、この部門に所属する者には魔名の専門性は求められない。もちろん、魔名に習熟しているのに越したことはないが、しゅの者に求められ、評価されるのは、「町を守る」という気概の強さである。


(だというのに、ゲイルは……)


 明良は「教会区」の隔壁の北側、北の大門を目指していた。

 彼には「信頼できる者を探す」などという猶予はなくなっている。

 「烽火」まであと三日。それまでに、福城に迫っている危機をしかるべき者に正確に伝達しなければならない。土地勘もなく、伝手つてもない彼にとっては、「町の守り手」をまずは頼ってみる他なかった。

 道々、住人にたずねたところ、「守衛手の詰所」は北門そばにあるのだという。福城の守衛手の長――守衛しゅえい手司しゅしがその北門にいるかどうかは判然としないが、東門よりはいる可能性が高い。そして、ゲイルが門番当番になっている南門には当然、赴けない。


「……どの門の当番になるのか、交替制でなければいいがな……」


 ゲイルには「烽火の阻止」の宣言はした。

 現段階の最良は、ゲイルが自身の勧めに従って「解放党」から抜けていることだが、あの調子ではその望みも薄いと、少年は嘆き思う。


「すまんが……」


 思い巡らしているうちに「教会区」の北門に着いた明良は、華美な制服の門衛に声をかけた。

 相手は明良の格好を値踏みするように眺めまわしたあと、「なんだ?」と答える。


「見ない顔だな……。何の用だ」

「上位の者……、できれば『手司しゅし』に取り次いでもらいたい。危急の用件だ」


 門衛は二度、ゆっくりとまぶたを閉じ開きしたあと、「は?」と呆れたような声を出した。


「……何を言ってるんだ?」

「俺が不審極まりないのは重々承知だ。約束も当然、ない。ただ、あなたにも『守り手』たる誇りと自負があるなら、どうか俺を手司に取り次いでいただきたい」

「……何の用件だ?」

「危急の用件だ、と言っている」

「だからその、『危急』が何なのか、言えってことだよ!」


 叱責するように叫んだ守衛手の男だったが、相手の「言えない」との答えに、これもまた呆れたように吐息を出した。

 人手は要るが、無闇矢鱈やたらとヒトを巻き込むつもりは、明良にはない。

 まずもって、守衛手内には「ゲイル」の存在がある。手司には、そのことも伝えなければならない。

 伝えた上で、動員に足る守衛手が誰なのかは、彼らの上役である守衛手司の判断に任せざるをえないのだ。


「……悪戯いたずらか? 『詠み逃げ』よりタチが悪いぞ?」

「……取り次いでくれ、頼む」


 頭を下げる黒髪の少年に、門衛はまたひとつ、ため息を零す。


「何の騒ぎ?!」

「あ、いや……ちょ……」


 新たな声の登場に、少しだけ顔を上げる明良。

 見れば、ヒトの歩幅で二十歩ほどの幅の門を挟んで反対側、今時分の彼の相方であろう、もうひとりの門衛が近づいてきていた。

 そして、その者は「守衛手」としては異様であった。


(なんだ、アイツは……?)


 新たな守衛手は、小柄な少女であった。

 その体格もあってか、歳の頃はどう多く見積もっても、十四、五ほどしかないように、明良には見える。

 華奢な身体つきにピッタリと合わせられた制服を着こなし、歩み寄ってくる。これもまた小ぶりな顔の中、よく輝く大きな瞳で少年を見据えつつ、頭の横でひとつにまとめた、だいだいがかった巻きグセのある毛を揺らし、近づいてくる。


(若すぎないか……?)


 魔名教内部で勤仕に出る者の中には、若い者もそれなりにいる。その多くは魔名術の才覚が高かったり、学業がよくてもう実地の段階に入った「優秀な者」であるのだが、こと「守衛手」に限っては、若年者は見当たらない傾向がある。

 その性質上、身に危険が及ぶ可能性が高い役務であるためだ。


(いや、しかし、この感覚は……)


「何の騒ぎなのよって……、まあ、だいたい聴こえてたけどね」

「……いや、あのお……」


 男の守衛手は、自らよりもひと回り以上小さな同僚を相手に、たじろぐ様子を見せる。

 少女はふう、と息を吐き、両手を自らの腰に当てると、未だ礼を取った姿勢のままの明良に目を向けて来た。


「……私はロ・ニクラ。お望みの守衛手司よ。さて、私たちに『守り手の誇り』を問うほどの『危急の用件』とは、いったい何かしらね?」


(やはり直感した通り、『段』の……波導はどう術者!)


 明良は礼を戻すと、守衛手司の童顔に垣間見える警戒の色が解けるよう、ひとつ、頷いてみせた。

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