姿を消した名づけ師とネコの遺物 1

 サガンカの「来客用の穴室あなむろ」では、七人ばかりのヒトが首をひねったり、腕組みしてうなっていた。

 昨日、「児童窟じどうくつ」まで案内してくれたミルザの母、そして、その夫も一団にはいる。


「ちょっと! この……ネコ? とりあえず、この子が、昨夜お会いになったのが最後かもしれない!」


 サタナ兄妹の母からの報告に、その場の全員に取り囲まれる美名とクミ。

 小さなクミは、大人たちに簡単に自己紹介――「客人まろうどでなくネコ」を強調して――すると、昨夜のことを話した。

 美名の「名づけ」を頼みに行ったこと。

 クメン師は快諾してくれたこと。

 トジロ師云々うんぬんの話は――口止めもされたし、そうでなくともわざわざ言うことではないと思い、伝えはしなかった。


「うん……。夕食のあとだろうから、それが最後だろうな……」

「……どうしちゃったのかしらねえ。『名づけ師』様は気まぐれな方が多いけど、あの方はシャンとしてて、ふらっといなくなるようには見えなかったけどねえ……」


(それは、うん……。私も同感……)


「まさか……『名づけ師』様の身に、何かあったんじゃないだろうな……」


 ひとりの男が呟くと、場の空気が一変した。


(ゲ……。このカンジって……まさか……)


 場の大人たちは皆、程度の差はあれど、美名とクミとを盗み見るような気配になったのだ。


(うひゃぁ……。疑われてるよ、これは……。ま、不審者といえば不審者ではあるんだけども……)


 最初に呟いた男が、もったいぶるように「あんたたち」と声を出す。


「……美名さんとクミさんは昨夜、どこにいたんだ?」

「どこって……クミが戻ってきてからはずっと、『児童窟』におりました」

「……ずっと?」

「はい」


(これはもう、『アリバイ確認』だよ……。まさか居坂に来て、ミステリーな現場に巻き込まれるとは……)


 場違いな感慨にふけっていたクミは、「そんな場合じゃない」と、頭を振った。


(なにか……、何か、私たちの疑いを晴らさないと……)


 そこで、クミは気が付いた。


「ン?」


 彼女の小さな鼻孔をくすぐる、異質な臭い――。

 洞穴の湿っぽさや、朝の澄んだ空気の匂いでもない、鼻奥をむずがゆくさせる、香り。


「これは……?」


 クミは鼻を鳴らしながら、その元を辿るように「穴室」の室内に向かっていく。

 小さなアヤカムのそんな様子に気付いた一同も、黙って彼女を見守る。


「ここね……」

「……クミ?」


 クミが足を止めたのは、「来客用穴室」の扉を開けてすぐのところ、足拭き用の小さな絨毯じゅうたんが敷かれている箇所であった。

 そこから――正確には、その裏からネコの鼻に臭う、鉄錆てつさびのような香り。


「クミ、どうかしたの?」

「……んなろぉ!」


 可笑しな掛け声とともに、クミはその絨毯を裏返した。

 その裏地を認めた一同は、あっと息を呑む。


「なにこれ……」


 絨毯の灰色がかった裏地面には、暗赤色あんせきしょくの染みがあったのだ。


「もしや、『オ様』の……血?」

「多分ね……」

「こんな物が判ったってことは、やっぱり、君たちが『オ様』を……」


 「ええ?!」と小さなクミは、目を丸くした。 


「そうくる? 私、完全に探偵役な動きだったでしょ?!」

「タンテー……?」

「あ、うん……。探偵は居坂いさかにはいないよね、そりゃあね……」


 クミはふたたび、絨毯の裏地に目を戻す。


「……単にケガしたってわけじゃあ、ないでしょうね。血がしたたった床を、隠すようにしてこの絨毯が敷かれたわけよ。誰かに襲われたってのは、ホントなのかもしれない……」

「……結構な量だわ。クメン様、大丈夫かしら……」


 心配の声を上げる美名に、目を向けるクミ。


(クメン様、無事でいてほしい。無事でいて、このとサメに、「名づけ」をあげてやってほしい……)


「……美名、ダイジョブよ。クメン様が今、どこにいるか知る方法はあるわ……」

「クメン様の居場所を知る方法……?」

「これよ……」


 そう言うと、小さな黒毛のアヤカムは、自身の首元にがる装飾に手を添えた。

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